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同志

次の日、俺は仕事の体でともえさんに電話をした。

「随分久しぶりじゃないですか」
「いやぁ、ちっと相談したいことがあってね」
「新しい案件です?」
「まあ、そうっちゃそうなんだけれど、ちっとわけありでさ。今晩時間取れない?」

一瞬だけ間が空いて巴さんが答える。
「会社の外でってことですね」

ホント、察しの良いヒトってのはいるんだよな。

「前に一緒に行った葵って覚えてる?あそこに20時でどう?」
「わかりました」
「じゃあ、そのときに」

そう言って電話を切る。
さて、どう話を切り出したもんだろうな。
とりあえずトールにLINEする。
「合わせたいやつがいる。今日20時に葵で」
すぐに了解のスタンプが返ってくる。

さて、どうやって話を持っていくかね。

巴さん

巴さんは俺と同い年くらいのオッサンなんだよね。
なのでそれなりにシステム開発やマネジメント経験を積んだ御仁だ。
しかも現状の会社では役員をやっている。

普通に考えたら、会社が手放すわけない人材なんだよ。

なので、小手先でなんとかなる人物じゃあない。
本音を見極めてもらうしか無い。

ただ、一つだけ確信していることがある。
巴さんは現場で動きたいと思っているはずだ。
実際、何度も俺と巴さんは現場でガツガツに実作業をこなしてたし、今もそうだと思う。

だから、発注元と発注先というより、ホント会社の同僚のように仕事を一緒にしてたんだよね。
誰よりも頼れる同僚だと感じて仕事してた。

約束の10分前。
葵に入ると、トールはすでに来ていた。

まったく俺の周りは約束の時間ってのを前倒しにするやつしかいないのか。
「わりーな。ちっとトールの人物評を借りたくてね」
「健一のメガネにはかなってるんだろ?」
「まあ、そうだな。ただ、トールの素直な感覚を聞きたくてね」

数分後、巴さんが来る。

「巴さん、時間取ってもらって悪いね」
巴さんが俺とトールを見る。
二人の目線が自分にあっているのを見て言う。

「新しい仕事、始めるんですね」

新しい仕事

俺とトールは同時に目をまんまるにしていたに違いない。

巴さんが俺の隣に座る。
「紹介するよ。こちら風間透さん」
「どうも風間です」
トールがお辞儀をするに合わせて巴さんも会釈する。
「こちらは巴さん。一緒に何回か仕事をしてるんだけれど、現場に降りてくる珍しい経営者層の御仁だ」
「ヒトのことを変人扱いで初対面のヒトに紹介しないでくださいよ」
「だってホントじゃん」
「かなわないなあ。田中さんには」

「で、どんな話なんです?」
ホントに巴さんは話がシンプルだ。
故に早い。

「俺とトール、この風間さんね。二人で会社作ろうと思ってさ」

どストレートに状況を伝える。

プロジェクトマネジメント支援を中心にまずは仕事を始めようとしていること。
その実績を持って経営マネジメント会社にしていくこと。
営業については超若手のやつにしか声をかけていないこと。
まずは今の二人が属している会社の仕事から始めようとしているということ。

巴さんは考える。
「お二人共円満退社出来るんですか?」
流石に痛いところをつく。

「俺はまだ辞表を出してない。円満かって言うと、ちと難しいかもな。トールは家族の事情でって理由で辞職願を出しているけれど、その家族にご不幸があってさ。こっちも円満とはいかないかもな」

巴さんは言う。
「まずはご家族のご不幸を悼みます」
そう言ってトールに深々と頭を下げる巴さん。
トールも深々と頭を下げて言う。
「ご丁寧にありがとうございます」

巴さんは頭を上げて言う。
「つまり、円満退社でないからには、今のお二人の会社からの受注は厳しいってことになるわけですね」

ホント、こういうところが巴さんの凄みなんだよな。
「ならどうでしょう?まずは自分のところの仕事をするというのは」

#歌えないオッサンのバラッド


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