
出会い
翌朝、「明日20時に葵でどうかな?」と真人からLINEメッセージが来ていた。
「了解」のスタンプを返す。
さてはて。風間さんとの相談もなしに見切り発車だけれど、どう出るもんか。
いつも通りねこまんまをかっくらいながら仕事に向かった。
ああ、真人に見られたら「また、食事手抜きして!」って怒られそうだな。
だって買い物行くタイミングが無かったんだもんよ。
とか言い訳を自分にしてるのが、なんか笑えてきた。
まじで何かの定期デリバリーでも考えるかね。
そんな事を考えながらいつもの道を使って会社に向かった。
日常
会社ではいつもどおりの仕事。
テスト状況の確認、対策の検討、上司への報告、顧客への報告、メンバーの意思共有。
プロジェクトマネジメントの仕事ってのは9割がコミュニケーションだからな。
しかも在宅勤務をするヒトがメンバにも上司にも顧客にも増えてきているから、打ち合わせがマジで分刻みで組まれている。
15分の1on1ミーティングが1時間に4つ入るとかなると、自分が何考えてたか混乱することもあるんだよな。
加えて、同時並行でSlackでの仕事の指示と報告みたいなのが走る。
しかも半分くらい英語だ。
なんでって?
メンバも顧客も国内に限らんのだもんよ。
なんなら、俺の組織のトップはイギリス人だ。
もうなんだろうな。
並行処理の連続でパニックになっちまうやつだ。
必要に迫られるので、出来もしない英語を勉強するために、休日に英語の動画をあえて見るクセがついちまった。
なんとなく風間さんも同じ目にあってんだろうな、とか考える。
あ、でも風間さんはもともと英語出来そうだな。くそう。
とかなんとかして日常の仕事をさばいて行く。
皆おんなじ状況だから、やるべきタスクがすっぽ抜けるメンバもいる。
「抜けてるぜ」と声がけしたり、Slackを送ったり、逆に上司に「抜けてるぜ」と言われたり、てんやわんや。
まあ、仕事ってのはそういうもんだよな。
葵
そんな日常の仕事を終えて、約束の時間を目指して葵に行く。
カランコロン。
いつものドアベルがなる。
「いらっしゃい。もうお二人共お待ちよ」
奥を見ると真人ともう一人がテーブル席に居る。
「ありがとう。I.W.ハーパーダブルロックで」
「はい」
俺は二人の席に向かう。
「はじめまして。真人の父です」
斎藤くんらしきヒトの第一印象は「切れるな」って感覚だった。
「はじめまして、斎藤すばると言います」
「なかなか素敵な名前だなぁ。あ、敬語とか使わないでいいから」
まあ、そう言われてもオッサン相手にすぐさまタメ口をきけるとは思えないけれどそう言った。
「了解っす」
斎藤くんは適応力もありそうだ。
「で、真人。斎藤くんにはどう伝えてるんだ?」
「仕事の内容教えてってだけ」
「了解。で斎藤くん。今はどんな仕事してるんだい?」
「その前にいいっすか?」
斎藤くんはずいっと前に出てくる。
「これってなんかの引き抜きっすか?」
鋭いな。こいつ。
嘘はついても見抜かれる。
そう思った。
「まいったな。正直、全然具体化出来てない話なんだよ。俺の友人が俺と会社を起こそうって話をしてきて、そのヒトも俺も実務経験はある程度積んでるんだけれど、実務をやりながら営業活動ってなると手が回らなくなると考えてるんだ。これはまだ友人には言ってないんだけれどね」
「で、営業適正があるかを聞きたいってことっすね」
まじで先読みがすげぇな。
「そうなる。で、やろうとしているのがITコンサル会社なんだけれど、たぶん、当面は俺と俺の友人が今勤めている会社から受注することになる。そこのコミュニケーションを仲持ちしつつ、新規顧客を取れる人材が居ないか探している感じかな」
斎藤くんは少し考える。
「自分は今、R&D部門の下っ端をやってるんすよ。だからコミュニケーションで飯を食ってくってのはちっとイメージ出来ないっす」
なるほど。
「でも初対面の俺とこんなに普通に、しかも理知的に話せているってのは才能だとは思ったよ」
斎藤くんはなんか照れている。
素直なところもあるんだな。
「まあ、すぐさまって話じゃない。俺も友人に話を通しているわけじゃないしね。そういう世界もあるよなくらいに思っておいてくれればいいさ」
「はい」
「ま、今日はあとは酒の味を楽しもうぜ」
「あざす!」
その後、俺は今の俺の仕事だとかの苦労話をしてた気がする。
斎藤くん聞き上手なんだよな。
そうして夜は更けていった。