
泣く前に笑え
笑いながら思う。
今まで何を楽しんできたんだっけか。
「なあ、HELLSINGってマンガ知ってるか?」
「名前は聞いたことあるくらいかな」
タカが答える。
ちょっと意外だ。
「タカはマンガとか好きなんだと思ってた」
「いや、好きだけれど、日本に出回ってるマンガ全てを網羅するなんてやついねぇだろ」
「まあ、そりゃそうか」
なんとなくママにも聞いてみる。
「私はジャンルが結構限定されてるからなぁ」
「どんな?」
「少年バトルモノとか」
これも意外だ。
歴史モノとか言うかと思った。
「HELLSINGはバトルはあるけれど、少年バトルとはちと違うかもなぁ」
「どんな話?」
ちょっとだけ考えて答える。
「見敵必殺かな」
「なんだそりゃ?」
タカが言う。
「なんつーんだろうなぁ。もともとヒトだったやつが世界最強の化け物になって他の化け物やナチスを倒してく話」
「なんか大味な感じだな」
タカが感想を漏らす。
「でな、その世界最強の化け物は自分が弱いから化け物になったと言うわけよ。そして化け物はヒトに殺されなけりゃいけないって」
「つまりどう言うこと?」
ママが聞く。
「自分の弱さに耐えられないとヒトは化け物になっちまうって話かな。言い換えれば化け物ってのは永遠に枯れることが許されない生け花って感じかな。いや、もはや押し花か」
ヒトの弱さ
「なるほど。俺たちは自分の弱さを抱えながら生きろってことか」
「そうなるな」
少し考えてタカが言う。
「なんでその話が好きなんだ?」
俺も少し考える。
「たぶん自分が弱いからじゃないかな」
ママもタカもちょっと目を見開く。
「弱くて、でも立ち向かうことが大人だって思って、でも弱いのは変わらない。だから弱いということを忘れようとする。でも中途半端に賢しいから完全には自分の弱さを忘れられることはない」
ママは言う。
「それは誰でも同じでしょ?」
「そう。同じなんだ。そういう普遍的な何かを書いたマンガなんだよな」
さっき作ってもらったドライマティーニを一口飲む。
「まあ、弱さを抱えているからヒトでいられるって感じか」
「もしくは抱えていることを忘れることが出来なかったやつの末路の話かもな」
「哲学だねぇ」
タカがしみじみという。
「で、真人さんが居なくなって、自分の弱さと向き合ってるわけね」
ママがいつもとは違う鋭い言葉を言った。
「厳しいね」
「立ち直るためには背中を叩くヒトが必要でしょ?」
「そうかもな」
俺が弱っている。
それを否定する言葉を俺は見つけられなかった。
やせ我慢
「今の俺は、百万回生きた猫なのかもな」
「なんだそりゃ?」
俺は記憶のままに話す。
「ある猫が居た。
その猫は死ぬことが出来なかった。
ある時、その猫は白猫に恋をする。
ところが、白猫は普通の猫なので、寿命を迎える。
白猫の死をみて、その猫は100万回泣いて、そして死を手に入れた」
タカが言う。
「なら大丈夫だな」
「何が?」
「だって田中さん10回も泣いてないだろ?」
きょとんとして、笑いが込み上げてくる。
「違いねぇや」
100万回泣く前に100万回笑えば良い。
なんつー力技だ。
「傲岸に笑え」
HELLSINGのアンデルセンの言葉が思い浮かぶ。
そうか。
俺たちは笑うために生きているのか。
ならそう簡単に死ぬことは出来そうにないな。
こんな奴らがそばにいるんだから。
「なるほどな。今の俺は死にぞこないらしい」
「なんだなんだ?」
タカが怪訝な表情を浮かべる。
「お前らがいるから俺は笑わないと居られないからな」
そう言って、真人と圭子を思う。
あいつらも笑わせないとな。
そう思ってからちょっと違う気がする。
もうあいつらだけで笑ってるところだろうから。
香。
俺は今日も笑えている。
もう少しそっちに行くのは先になりそうだ。
待たせて悪いな。
そんな事を考えて残りのドライマティーニを飲み干した。