
ヒトとヒト
「三田さん、渡辺のプロジェクトの計画書はありますよね。あと要件定義の議事録も」
「そうだな」
「一式送ってくれませんか」
「……秘密保持契約が必要だな……」
「まだ、自分は今の会社の社員ですよ」
「なるほど、考えたな」
となると問題は巴さんの方だ。
「トールまずは個人事業主になって、三田さんと契約を結んでもらえるか?」
「もう青色申告の手続きは済んでる」
さすがに手回しが早い。
「巴さん、そしたら俺と風間との契約手続きを進めてもらって、生島さんとプロジェクト計画書の作成から協力させてもらえませんか?」
「是非もない」
三田さんが言う。
「となると、田中は社外メンバーになるから、会社のアカウント追加しないとな」
たしかに。
「その辺の実運用は契約開始後とするとして、当面はメールだけでのやり取りですかね」
三田さんくらいの役職だと1日に100通以上メールが来てるはずだ。
メールって汎用性が高い代わりに数の暴力になるんだよなぁ。
巴さんなんてもっとだろう。
「手間暇かかる話だな。まあしかたない」
「巴さんの方は契約済み次第、各アカウントを風間と自分に割り当ててください」
「了解です」
そこでふと思う。
トールの方の案件もあるんじゃないか?って。
「トールの方も案件あるんじゃないか?」
「あるんだが、今の話だと手が回らんな」
そうだよな。
かといって、ビジネスチャンスを逃すのはどうもうまくない。
「タイゾーかリサにその件、任せられないか?」
「もう進行中のプロジェクトだからな。橘は今抱えている案件で手一杯だから小泉か……」
「出来るだけ、色んな仕事へのパイプは作っときたい。根回ししといてくれ」
「わかった」
三田さんも巴さんも心なしニヤついている。
「楽しそうだな」
三田さんが言う。
「同感です」
巴さんが言う。
「そら、一回こっきりの人生楽しまんでどうするんすか」
「間違いない」
三田さんが破顔する。
さて、仕事はこれくらいにして飲むか。
「ママ、おかわり」
「はい」
趣味
「仕事以外はキッチリ楽しんでいるのか?」
「まあ、ここで飲んでくだ巻いてるくらいっすかね」
正直、真人が家を出てから、そもそも俺の趣味ってなんだっけとか思ってた。
三田さんは俺をゲーム好きと言ってくれたけれど、最近さっぱりしてないんだよな。
「最近ビリヤードにはまってさ」
三田さんがビリヤード?
全然映像が浮かばない。
「自分はダーツですね」
巴さんが言う。
こっちは容易にイメージが湧く。
「トールは?」
戯れに聞いてみる。
「ランニングかな」
優等生か!
「走ってる時は考えることを止められるんだよ」
「なるほど、ランニングいいかもしれないな」
三田さんが答える。
まあ、確かにビリヤードをやる三田さんよりランニングしている三田さんの方がイメージしやすいな。
「お前もなんか趣味作っとけよ」
三田さんが笑いながら言う。
「へい」
笑いながら俺も答える。
がしかし、趣味かぁ。
「盆栽でも始めますか」
「止めないけれど、ジジイ一直線だね」
トールが茶化す。
うぐぐ、それはやだ。
「じゃあ、何が良いんだよ」
「それこそ三田さんとビリヤードやれば良いんじゃないか?」
ビリヤードかぁ。
高校生の時以来やってないんだよなぁ。
「三田さんは9ボールっすか?」
「まあ、そうだな。最初の玉を並べるときが一番緊張する」
なんかわかる気がする。
基本は枠に合わせて並べるだけなんだけれど、微妙な配置のズレでファーストショットの玉の配置がぜんぜん違うことになる。
うんダメだ。
三田さんのビリヤードのイメージもつかないけれど、俺がビリヤードをやっているイメージがつかない。
「やっぱ、麻雀あたりから始めますよ」
「麻雀仲間とかいるのか?」
三田さんが聞いた。
「いやいないんすけど、今どきネットでどうにでもなるし、なんなら一人でゲームでやれるし」
「田中よ」
「はい」
「ヒトと関わる趣味にしとけよ」
なるほどなぁ。
ヒトと関わっておかないと、仕事にも影響を及ぼすってことか。
「たしかにそうですね」
俺はそう応えた。