
明日への第一歩
そんなモヤモヤを抱えながら仕事につく。
今のプロジェクトは中規模で、もうすでに本稼働直前。
つまり、顧客から出た課題管理とその実現時期調整がメインの仕事になる。
まあ、「実際使ってみたらなんか違う」みたいなすげーアバウトな要件が出てくるわけだけれどさ。
当初仕様は合意しているので、次期開発案件に回すわけだが、「それじゃ運用できない」とか言い始めるので、代替案を考えて資料で説得する。
そんな感じのタイミングだ。
もっとも、最近じゃアジャイル開発とかがメインになってきて、必要最低限の機能だけ作って、あとはそれをこまめに(2週間くらい)ごとに本稼働し続けるというのが流行ってるんだけれどね。
そうすることで「何が問題なのか」を顧客と常に共有しながら進められるんだけれど、これはシステムを作る側も使う側も今までとは全く違う能力を求められるんだよな。
システムを作る側からすれば短納期でどんどんリリースすることになるから瞬間的に顧客が求める「最低限の機能」ってやつを把握する必要があるし、顧客側としても「最低限の機能」がなんなのかってのを瞬間的に見極めないといけない。
やれやれ、こうやってシステムはどんどん進化するのに仕事が全く楽にならないわけだ。
まあ、今のプロジェクトはウォーターフォール開発なので、仕様通りになっているかどうかの確認が基本なんだけれどね。
葵
で、そんな仕事をなんとかこなして葵に向かう。
真人が居なくなって以来、結構通う頻度が高くなってるな。
寂しがりな俺ってわけだ。
カランコロン。
いつものドアベルが鳴る。
「いらっしゃい」
カウンターを見ると珍しいやつがいる。
「おおう、リサ。お久しぶり」
「あ、オジサン」
このオジサン呼びだけはどうにも慣れないな。
「俺には田中健一って名前があるんだけれどな」
苦笑してみる。
「でもあの日、呼び方決めたじゃないですか」
もう苦笑するしか出来ないな。
「あの後、どうなってる?」
あの後というのは、リサが所属するプロジェクトで、プロジェクトマネージャーの風間さん(ホントはトールって呼びたいところだけれど、あの夜限定って約束だしな)が父親の病状を気にして会社を辞める決意をした。
そして、その後継にタイゾーを指名するためにタイゾーに役員プレゼンをさせるって話だった。
「……それが、ちょっと、いえかなり風間さんが悲しんでいる感じなんです」
リサが首をもたげる。
「話……聞かせてくれるかい?」
リサはもたげていた首を上げ、俺を見る。
「風間さんのお父さん、亡くなってしまったんです」
そうか。
悲しいことだけれど、これで風間さんが会社を辞める大義名分が無くなったわけか。
「タイゾーはどう言ってる?」
「風間さんを必死で励ましてます。正直、今の風間さんは仕事が手につかない状態なんだと思うんです」
そらそうだ。
俺の両親が亡くなったときも、香が亡くなったときも、「神様よ、あんたは意地悪だな」と悪態をつくことしか出来なかった。
「で、風間さんはどうするつもりなんだ?」
「……わかりません。辞表はすでに部長預かりなっているから、本来なら会社は固定費である人件費を減らす方向に動くはず。
なので、普通なら風間さんは会社を去ることになるんですけど、いかんせん風間さんは有能なので、何もなければ将来の幹部候補生だったはずです」
まあ、そうだろうな。
「でも、今の風間さんはまるで糸の切れた凧のような感じなんです」
わかるなぁ。
風間さん
カランコロン。
いつものドアベルが鳴る。
顔を上げて入口を見ると風間さんが立っていた。
「よう、最近よく会うな。風間さん」
風間さんはいつものクールな表情を崩さずに俺の隣を見る。
「小泉も居たのか」
「ああ、悪いが事情を聞かせてもらってた」
風間さんは少しバツの悪い表情を浮かべる。
「まあ、こっちに来いよ」
カウンターに俺がリサと風間さんに挟まれる格好になる。
「まずは、大変だったな。お疲れ様」
俺はそう風間さんに声を掛ける。
「そうですね……」
ちょっとうつむく。
「で、どうするんだい?これから」
ほんの少し眉間にシワが寄る。
「これから……ですか」
「タイゾーは育ってきてるんだろ?リサもいる。条件は揃っている。
あとは風間さんが何をしたいかってことだろ?」
「やりたいこと……」
俺は意を決していった。
「社内ベンチャー立ち上げてみたらどうだ?」