
遊び
「三田さんはプライベートでビリヤードしてるんですっけ?」
俺が問いかけた。
「最近はさっぱり行けないけどな。
その代わり会社の行き帰りで本を読む。
まあ、老眼がきついからオーディオブックだけどな」
タカが怪訝な表情を浮かべる。
「オーディオブック?」
「本を朗読してくれた音声を聞くのさ」
「なるほど、それなら老眼関係ないや」
タカの軽口が場を和ませる。
「最近はどんなものを?」
トールが問いかけた。
「なに大衆的なものさ。半沢直樹シリーズとか」
「たしかに仕事に出かけるときには最適かもしれませんね」
「だろ?」
「そういうトールは何してるんだよ」
俺が問いかけた。
「健一と同じで在宅だからな。意図してやらないと仕事以外のことは出来ない」
「たしかにな」
「あえて言うなら、ここに来ることかな」
たしかに俺も、そうかもしれない。
そこでタカが言う。
「ならここでの楽しみを増やすのが手っ取り早いってことだな」
トールが少し不思議な表情を浮かべる。
「例えば?」
「そうだなぁ。くだらないディベート大会」
俺は即座に言う。
「なんだそりゃ?」
「俺が見たところ、トールは切れる。田中さんは話好き。三田さんは知識が豊富。他にも最近は若者がいっぱい来る。なら、そんなオッサンたちのくだらないことで議論する姿ってのはオモロイと思うんだよ」
「例えば?」
「そうだなぁ。『日本に何件銭湯があるか』なんてどうだ」
俺は吹き出しそうになった。
「たしかにそれはくだらない。しかも正解にたどり着くための理屈の構築をするのは難易度が高い。ネットで調べれば答えはあるんだろうけれど、それはなしってことか」
「そう、答えを出すことが目的じゃない。単純に意見を交わして、相手の意見と取り入れて、自分の意見を整理するって遊び」
三田さんが言う。
「酒飲みながらやることじゃないな。本来」
トールが返す。
「その本来からずれるから『遊び』なんでしょうね」
「たしかに」
タカが言う。
「その『遊び』に若者が混ざってきたらオモロイじゃない」
三田さんが応える。
「たしかに面白そうだ」
つまり、俺は真人や圭子、斎藤くん、龍馬、啓二の前で醜態をさらすってことだ。
ぐむむ。
「なんか、俺が人身御供にされる気がするんだけれど」
タカが言う。
「それがオモロイんんだって」
「イジメだ。こんなに明確なイジメがあるか」
「そのイジメに対抗できない田中さんじゃないだろ。それがオモロイんだよ」
三田さんが言う。
「たしかに若者たちの思考力を高めることにもなるな」
タカが満面の笑みを浮かべて言う。
「でしょ?」
「よし。俺は啓二を連れてくるから、健一は真人、圭子、斎藤くん、雅也に声をかけて龍馬を連れてこい」
三田さんが無茶振りする。
「俺の役割多くないっすか?」
「お前だからだろ」
まったく、このヒトにはかなわない。
しかたない。
対象メンバーに「明日20時葵に来れる?」とLINEする。
全員から問題ないとの返信がすぐに来る。
「明日の20時ならいけそうです」
「よし、じゃあこのくだらないディベート大会を明日するか」
何だよ、三田さんノリノリだな。
トールが言う。
「若者の物の考え方に触れられるのは楽しそうですね」
俺が言う。
「トムも来て切れれば盛り上がりそうだけれどな」
「連絡先誰も知らないもんな」
タカが言った。
そうなんだよなぁ。
あいつ、多分警察関係の仕事だと思うんだけれど、そのせいか俺たちに連絡先教えてくれないんだよな。
まあ、警察ってのはしんどい仕事だよな。
へたげに友人も作れりゃしない。
そういうヒトの努力が俺たちを守ってくれているってわけだ。
しかも、仕事が「発生」したときには事件、事故が起こった後だけと来ている。
仕事が起きるたびに心が削られる。
えぐい話だ。
だからこそ、トムにこそ楽しみが必要なんだと思うんだけれどな。
まあ、トムが来たときにでも同じ「遊び」をしてみるとするか。
霞む目をこすりながらさっきまでしていた立体四目を眺めた。