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オッサンのぼやき

「さみしくないんですか?」
圭子が聞いてきた。
寂しい。
たしかに寂しいな。
でも、喜びのほうが今は強い。

「さみしいよ。でも真人と圭子が幸せそうなことと、斎藤くんも幸せそうなことが嬉しいほうが強い」

「それが大人ってもんですもの」
ママが言葉を挟む。
「違いないな」
俺は微笑んだ。

「大人かぁ」
真人が誰に言うとでもなくつぶやく。
「どうやったらなれるんだろうな」
俺は真人に返した。
いや、そこにいる若者全員に対してかな。
「泣いて、笑って、苦しんで、助けてを繰り返しとけばいいさ」

真人が返す。
「そんなの当たり前じゃん」
「そう。当たり前だ。大人になるのは当たり前なんだよ。
厳密に言えば『大人のふりをする』のは当たり前ってことだ」
その場の若者たちがもれなく不思議な顔をする。

「でも父さんは紛れもない『大人』じゃん」
「そのふりをする技術を身に着けたってことだよ。
きっとだけれど、ヒトは死ぬまで本当の意味での大人にはなれない。
だから必死で『大人のふり』をし続けるわけさ」


大人のふり

「なんか哲学的ですね」

斎藤くんが返してくる。
ホント、大学を卒業する直前の若者か?

「哲学かぁ。そんなかっこいいもんじゃないかもしれないけれど、俺はね。思うんだよ。いつまでも自分が『未完成』でありたいって」
圭子が言葉を挟む。
「お義父さんは完成してるように見えるんですけど」
「それはまだ山が見えていないってことかもな」
「山?」
「俺も若い頃は先輩方に褒めちぎられて有頂天になってた。
でもある時思ったんだ。『褒める』ってことは自分のことを下に見てるってことに」

圭子以外の二人も俺を見ていた。
「だから、俺は必死になった。
このヒトたちを超えたいって。
でもそれを続けていて、社内の政治力学みたいなものを感じ始めて、『これは俺が登ろうとしている山か?』なんて思い始めた。
そこにトールが現れて、会社作っちまうかって思ったんだよな」

斎藤くんが神妙な表情になる。
真人と圭子も同じ様な表情だ。
この若者たちがいれば、この先も安心だな。

「斎藤くん、真人、圭子。
君たちの登る山がどこかっていうのは俺のときと違う。
山の天気は変わりやすい。
特に今は俺が若い時に比べて天気が変わりやすい。
危ないと感じたら逃げろよ。
躊躇することなく山を降りるんだ」

ママ

「場合によってはその場で座って休憩ですね」
俺は答える。
「そうか、休憩ってのもありだね」
俺とママは笑っていたが若者たちは神妙な表情のままだ。

真人が言う。
「結局、俺はどうするべきなんだろう?」
「考えろ」
間髪入れずに俺は言った。
「考える力はお前にはあるはずだ。斎藤くんにも圭子にも」
三人は少し黙っていた。
「多分だけれど、三人とも俺より考える力は強いと思う。
だってよ、オッサンの俺の言葉を真正面から受け止められるんだからよ」
圭子が言う。
「確かにお義父さんの話に付いていくのは頭使いますね」
苦笑いでそう圭子は言った。

「まあ、ママにはかなわないけどな」
「あら、おじょうず」
まるで用意されていたセリフだ。
まったく、ホントにかなわないよな。
チェスの5手先まで読まれている気分だ。

「こらまいった」
ママは言う。
「次も同じもので?」
「ああ、頼む」

I.W.ハーパーダブルのロックが差し出される。
俺が今この若者たちの成長を目の当たりにしている幸せってのを感じ取られている事に感謝しないとならないと思った。

「幸せそうね」
「その通りだよ。ママ」
「そうでしょ?」

まったく、どんだけだ。

若者たちは何がどうなってるのか理解出来ない。

真人が聞く。
「どゆこと?」
俺は少し考えて答える。
「まあ、年齢を重ねれば分かるさ」
「なんかずるい。俺は父さんの年齢を追い越すことは出来ないんだぞ」
「その代わりお前たちには俺の知らない時代が待ち受けている。
こんな面白いことがあるかよ」

俺は新しく来たI.W.ハーパーを一口のんだ。

#歌えないオッサンのバラッド

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