
孤独と増えた家族
真人が居なくなった朝が来た。
「寒いな」
誰言うともでもなくつぶやく。
「そうか。返事をしてくれるやつはもう居ないんだ」
声に出して言う。
自分に言い聞かせるように。
いつものようにねこまんまをかっこむ。
なんだろうな。
真人が居ないと栄養バランスとか考えない感じだ。
味噌汁すら作らない。
ただのエネルギー補給。
まあ、これじゃあ近いうちに体を壊すな。
あっさりそれで死ねれば良いけれど、それで真人たちに迷惑をかけるのは絶対に嫌だ。
今日の帰りにスーパー轟で鍋の材料でも買うか。
なんとなくそんな事を考えながら、部屋が寒いと再び感じる。
この寒さはどこから来るんだろう?
窓の外を眺める。
「真人。今までありがとうな」
そんな独り言が意を介さずに出てくる。
いかんな。これじゃ独り言独居老人まっしぐらだ。
そんな事を考えながらねこまんまをかっこんだ。
朝の道
誰とも話さない朝。
一人暮らしのときは、当たり前だった朝。
これからこの朝が続くわけだ。
何が起ころうと仕事を止めることは出来ない。
「いってきます」
誰の返事もないのは分かっているけれど言う。
俺は一体誰に向かっていってるんだろう?
真人?
もういない。
香?
もういない。
むりやり結論をひねくりだす。
思い出にか。
それでいいじゃないか。
自分に言い聞かせながら会社に向かった。
それでも、いつもの道も、電車の中も、まるで色を失ってしまったように感じる。
街の喧騒も耳に入ってこない。
これから俺はこの世界で生きていくのか。
夜
その日の仕事は正直何をしたか思い出せない。
ただ事務的に作業を続けていただけな気がする。
それじゃあ、仲間に失礼なもんだろうって?
そうなんだけれどさ。
何ていうんだ?
心が動かないんだよ。
よしやってやるぜ!
とも
やる気でねぇなぁ。
ともならない。
ただ空気のようにそこにいる自分が居た。
目的を見つけられなかった。
いや、仕事の目的はあるよ?
俺が仕事を続ける目的が見つけられなかったって話だ。
自分が生きるためだけに働く。
その状況を俺はきちんと理解出来てなかったんだろう。
一人暮らしのときはそれで良かった。
俺は親に育ててもらって、学校にもいかせてもらって、初めて一人暮らしをすることになったとき、俺は俺自身の重さってのを感じていた。
ただ食事をするにも金も時間もかかる。
ただそれだけのことで俺は精一杯だった。
そう。精一杯だったんだ。
逆に言えば、俺は俺だけのことで充実できていたんだ。
そして、香と結婚して「このヒトを守る」という重みが加わる。
そこでも俺は精一杯仕事をした。
香も働いていたけれど、俺が幸せにするんだって意気込んでいた。
真人が生まれた。
また、俺は重みを得た。
でも、同時に香という重みを失ってしまった。
悲しみと喜びが同時に来た。
その時の俺は俺の感情を持て余していたと思う。
香の喪主をしていたときも、奇妙な浮遊感を感じ続けていた。
香が居ない世界。
どうしても、それを受け止められなかった。
でも、真人が俺を現実に引き留めてくれた。
全力で泣きわめく真人を見て、俺はその重みを感じていた。
そして、今。
真人は旅立った。
今、俺に残された重みは俺だけだ。
まっくらな家に帰る。
冷え切った空気が部屋に充満している。
「ただいま」
いつものように言う。
返事はない。
電気をつける。
誰も居ない。
なんとなく仏壇の前に座る。
遺影を見る。
「なあ、俺は生きている意味がわからなくなったよ」
笑顔の遺影が一瞬表情を変える。
「そんなの決まってるでしょ!」
香が言ったような気がした。
「なんだってんだよ……」
返事のないはずの遺影に声を掛ける。
「真人と圭子さんに背中を見せていくために決まってるじゃない」
そうか、香ならそう言うかもな。
そいつはどでかい重りだ。
俺は今まで背負ってきたことのない2人分の重りを背負ってるってわけだ。
「ありがとうよ」
俺は遺影にそう言って食卓に向かった。