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家族と友人
真人は一口運ばれてきたI.W.ハーパーを口にしてから言う。
「父さん、キチンと食事してんの?」
ギクリ。
「そ、そりゃその。なんだ」
ジト目で睨む真人。
「してねぇんだな?」
「……はい」
なんとなく精神的に正座させられている気分だ。
「ったく。noshでもなんでもいいからさ。忙しかろうがなんだろうが食べろよな」
「……善処します」
トムが口を出す。
「親父形なしだな」
「うるせえわ!」
圭子が言う。
「私、まだお父さんを亡くしたくないです」
うぐ。
なんだろう。
もう詰んでないか?この会話。
「へい。ごもっとも」
なんだろう?この集団リンチ感。
タカが言う。
「そうか、圭子さん家の店に通えば良いんじゃね?」
「なぬ?!」
「だって、ろくなもん作れないし、作る気もないだろ?」
「うぐぐ」
まあ、そうなんだよな。
っていうか、食事ってものへの興味は絶賛降下中だ。
なんなら酒を飲んでれば満足だ。
頭の中に歌ががなれる。
「分かっちゃいるけどやめられない」
めちゃくちゃダメサラリーマンまっしぐらだな。
ママが言う。
「ここにも来てくださいよ。メロンパンは用意しときますから」
「それ俺用じゃないじゃん」
「あら、そうでした」
店が笑いに包まれる。
「マジな話、サラダくらいは食っとけよ」
真人が真剣な眼差しを向ける。
ちぇ。
ついに俺も息子に健康を気遣われる立場になっちまったか。
「肉野菜炒めでも作りましょうか?」
ママが言う。
もう、降参とかそういう次元を超えてる。
「分かったよ。全員分お願い」
俺はそう言うしか無かった。
「はい」
ママのいつものアルカイックスマイルがそこにあった。
みんなの食事
しばらく厨房でママは肉野菜炒めを作ってくれているようだった。
なんだか懐かしい香がする。
ああ、そうか。
香もよく作ってくれてたよな。
そう考えると、涙が滲んでくる。
いかんいかん。ここは泣く場所じゃない。
笑う場所だ。
タカが言う。
「なんだ?そんなに野菜食べたくねぇの?」
「んなわけあるか」
タカのヒトを見る目ってのは天性のものがあるんだろうな。
まあ、探偵なんて仕事してたらそうもなるか。
俺の感情を分かった上でちゃかしてくれる。
ありがたいことだ。
「まあ、真人くんと圭子さんの前だ。あんまいじめんなよ」
トムがちゃかしを重ねる。
「にゃろー。見てろよ。そのうちトムの家族をここにひっぱてきてやっからな!」
「よせよせ、お前らの酒臭い息を吸わせたかない」
「ま、それもそうか」
また店が笑いに包まれる。
「おまちどう」
ママが人数分の肉野菜炒めを持ってくる。
「うわ。美味しそう!」
ガッキーが第一声を放つ。
見た目は普通の肉野菜炒め。香が作ってくれたものを思い出す。
「……美味しい」
圭子が呟くように言う。
「ありがとう。最高の褒め言葉よ」
ママが返す。
なんかもう、だめだった。
新しく娘になった圭子がうまそうに香の作ったような肉野菜炒めを食べている。
俺も肉野菜炒めを食べる。
なんだかしょっぱい。
ガッキーが言う。
「男だって泣いて良いんだよ」
気がつくと俺は泣いていたらしい。
そりゃしょっぱくにもなるってもんだ。
香。
なんで逝ってしまったんだ。
真人が生まれてから封印してきた言葉が俺の中で浮かび上がる。
ああ、そうか。
真人が圭子と家庭を作ったことで、俺は俺に戻れたってことか。
俺は泣き虫だったんだな。香。
俺は泣きながら肉野菜炒めを食べて、それを見て見ぬふりをしてくれた皆がいた。
帰り道
「真人と圭子。皆の印象はどうだった?」
帰り道に二人に問うてみた。
「なんか凄かった」
真人が言った。
「今まで会ってなかったヒトたちでした」
圭子が言った。
「たぶんだけれど、真人も圭子も俺より多くのヒトと出会うと思う。なにしろネットなんてものは俺のときには無かったからな。
だから、真人も圭子も俺より多くの経験を溜め込むことになる。
俺や、圭子のご両親よりも多くの経験をだ」
ふたりとも黙って俺の言葉を聞いている。
「その経験を誰かに伝えろ。それがお前らの義務だ」