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ヴェイパーウェイヴ・アーカイブス2020-2022: Vol. 2「増殖するサブジャンル、模倣、ゲーム音楽」
コロナ禍の2020年以降、Vaporwaveシーンはどのように変容していったのか——〈Local Visions〉主宰のsute_aca氏を迎えてお送りする短期連載の2回目は、Vaporwaveから新しく派生したサブジャンルと、ゲーム音楽との関係についてお送りします(連載第1回はこちら)。
* * *
Dreampunk、Barber Beats、Slushwave、Dreamtone……“模倣”がつくる新たなシーン
ΔKTR コロナ禍の自粛期間中にVaporwaveから派生して新しいジャンルが出てきてますよね。たとえば〈No Problema Tapes〉からは、“Dreampunk”が出ている。これからそれらのサブジャンルがどうなっていくのかがすごい気になります。
ヒタチ Dreampunkって、中身はたとえば2814(*1)の影響下なんだろうけど、ジャケのデザインがもう従来のVaporwaveと全然違うじゃないですか。
(*1) t e l e p a t h テレパシー能力者と〈Dream Catalougue〉を主宰するHKEによるユニット。所謂サイバーパンク的な世界観をVaporwaveに持ち込む。作風はVaporwaveというよりAmbientに近い。
ΔKTR カッコいいですね。
ヒタチ 〈VILL4IN〉のデザインもすごい衝撃だった!
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捨てアカ Dreampunkというタグ自体は2015年頃から存在していて、アジア圏のディストピア的な近未来都市の風景が特徴です。ちなみに、t e l e p a t hとHKEによる2814がDreampunkテイストだったのに対して、猫 シ Corp.とt e l e p a t hの『Building a Better World』はA面がシティ・サイド、B面がジャングル・サイドという構成で、文明と自然が調和した秩序ある未来都市がテーマになっているといえます。ふたりが別名義で2014年に出した『新しいエデンジャングル』でもそのコンセプトが感じられるんですが、これらの作品にはDreampunkとは真逆の“Solarpunk”というタグが付いていることがありますね。
猫 シ Corp. & t e l e p a t h テレパシー能力者『Building a Better World』(2019)
ヒタチ Dreampunkのサイバーパンクに対して、こっちはスペースコロニー感があるね。
捨てアカ 近未来感がありますよね。〈Dream Catalogue〉やその周辺の〈BLCR Laboratories〉〈Bludhoney Records〉〈No Problema Tapes〉などのレーベルを中心に、Dreampunkの人気はシーンでは不動のものとなりました。最近だと〈PURE LIFE〉や〈Mobile suits〉といったレーベルがその美学を受け継いでいるんですが、〈VILL4IN〉もそのひとつだと思います。ウクライナのレーベルでしたっけ?
ヒタチ Bandcampには拠点がウクライナって書いてあるんだけど、2020年の頭に見たときは中国の深圳(シンセン)になってた覚えがあるのよ(*2)。どういうことなんだろう? 戦争に対する何らかのささやかなリアクションとしてウクライナにしているのか。
捨てアカ Vaporwaveの人たちの所在地はマジで信用できないですからね。
ヒタチ もしかしたら深圳の表記すら嘘の可能性がある。それはともかくとしても、〈VILL4IN〉のリリース作品は全部ジャケデザインがよくて。フィジカルだと、レコードだけじゃなく冊子がついてるやつまであるんだよね。
LowXY『VOID-005』(2021)
捨てアカ カッコいいデザインですね〜。
ヒタチ 買えてないけど、中身はどうだったんだろうなあ。
(*2)鼎談を行なった8月13日の時点ではウクライナだったが、9月22日現在は深圳に戻っている。
捨てアカ こういうDreampunkのビジュアルは『攻殻機動隊』『ブレードランナー』『AKIRA』といったサイバーパンクなSF作品から大きな影響を受けていると思うんですけど、それらがリメイクされたり、『CYBERPUNK 2077』といったゲームが話題になったことが近年のDreampunkの人気を後押ししていると思います。最近だと『Stray』が人気ですよね。それで思い出したんですが、2017年に公開された映画『GHOST IN THE SHELL』のティザームービーに使われる予定だった楽曲の制作依頼が、〈Dream Catalogue〉の主宰だったHKEのもとに来ていたという話をご存知ですか?
ヒタチ えぇぇぇ〜!?
ΔKTR そんなことあったんですか。
捨てアカ 映画のプロデューサーの判断で残念ながらボツになっちゃったんですけどね。起用されていれば、今のVaporwaveの立ち位置が大きく変わっていた可能性もあります。
HKE「Speak To Me」(2017)
ヒタチ 〈Dream Catalogue〉はDreampunkもいくつかリリースしてるけど、HKE本人のセンスとはどうも傾向が違うような気がする。2814は〈Warp〉のサブレーベル〈Arcola〉からEPを出してたけど、あれっきりになっちゃったのか……。
捨てアカ 残念ながらそうだったと思います。
ヒタチ 〈VILL4IN〉にしろ〈No Problema Tapes〉にしろ、サイバーパンクの影響もあるんだろうけど、なぜ急に2020年あたりから示し合わせたようにデザインが洗練されていったのかが知りたいね。ちょうど『新蒸気波〜』刊行後あたりから、みんなデザインに懲りだしたように見える。
捨てアカ 「Acid Graphics」に通じる部分もありますよね。日本でも「アイデア」などの雑誌で取り上げられたのが2020年なので、ちょうどその時期と重なるのかも。
ヒタチ “Barber Beats”もデザインがすごく統一されてるじゃないですか。
捨てアカ Barber Beatsのデザインもカッコいいですよね。パッケージが優れているだけでなく、曲としてもLo-Fi HipHopみたいに聴きやすくて、作業用BGMに最適です。
ヒタチ でもLo-Fi HipHopとは文脈がまた違うよね? Lo-Fi HipHopって、ネット発生の音楽としてVaporwaveと一緒くたに語られがちながら似て非なるものだけど、Barber Beatsは本当にVaporwaveの影響下にあるというか。
捨てアカ ただ、Barber BeatsはVaporwaveとは違って安っぽい素材を引用していないので、よりクールに聴こえますね。Acid JazzやTrip Hopといった、まだ“賞味期限の切れていない”素材を頻繁にサンプリングしているせいか定かではありませんが、YouTubeの動画やBandcampのリリースが消されることもよく起きているみたいです。
ヒタチ こないだは日本の某超著名クラブアーティストの曲をただ遅くしてるだけのも見かけた。ループもエディットもせず、本当にただ遅く、音を悪くしてアップしてるだけのタチ悪いやつ。
捨てアカ 元ネタをそのまま遅くしているだけだという批判が海外のVaporwaveクラスタのなかで散見されてますね。まあVaporwaveだってそうなんですけど……。
ヒタチ Barberという名前の由来はやっぱりHaircuts For Menから来てる?
捨てアカ そうですね。Haircuts For Men→床屋→Barber。
ヒタチ そういう発想でジャンル名が決まるのは面白いな〜。「俺もHaircuts For Menみたいな音楽を作りたい」という想いが新たなジャンルをシーンを生んだわけだ。
捨てアカ 模倣やパクリがシーンに変わるって面白いですよね。Barber Beatsの代表的なアーティストとしてはMacroblank、Oblique Occasions、Monodroneなどが人気なんですが、オリジネーターであるHaircuts For Menが彼らのことを好意的に受け止めているかどうかはわからない。「何やねん、バーバーって」と思っているかもしれない。MacroblankはHaircuts For Menにツイッターでブロックされたという画像を投稿していました。
ヒタチ 「俺の真似しやがって!」と思ってるかもしれないんだ(笑)。パクられたほうもそもそも自分の曲がパクリだから、文句言いづらいんだろうなあ。
捨てアカ ところで、今回の鼎談をきっかけに改めて「Vaporwave」でパブサしてみたんですけど、「Vaporwaveを初めて知った」とツイートしている人が貼っているリンク先の作品というのが『Floral Shoppe』ではなくMacroblankなんですよ。最近ではBarber Beatsをきっかけにして、いわば逆輸入的にVaporwaveを知る人がいるほど人気のジャンルなんです。実際にYouTubeでもめちゃくちゃ再生されていて、Macroblankのアルバム『痛みの永遠』は117万回再生です(鼎談時)。消される前の『行方不明』も100万回以上再生されていました。
ヒタチ へぇー! やっぱり作業用BGMを求めてLo-Fi HipHopから流れてくる人もいるんでしょうね。あと、前回少し話題に上がった“Slushwave”も新しい派生ジャンルだけど、代表格と呼べるような人は誰かいますか?
捨てアカ desert sand feels warm at nightが有名ですね。様々なレーベルからフィジカル作品をリリースしていて、先日の『ElectroniCON 3』にも出演しました。ほかには、Fire-Toolzが別名義でやっているMindSpring Memoriesも人気です。7月には『SLUSHWAVE 202 2』という配信イベントが2日間にわたって開催されました。
ヒタチ この頃はBandcampでVaporwaveの新作にだいたい“slushwave”ってタグ付けされてて。なんとなく新しい単語だから付けてる感じもする。
捨てアカ 確かにそうですね。それをきっかけに新しいシーンが生まれることもあったりします。ほかにも新しいジャンルだと、最近は“Dreamtone”が一部で人気だと思います。とあるクローズド・コミュニティから発生したジャンルです。特徴としては、夢や睡眠を想起させるような長尺のAmbient Droneで、再生時間はきっかり10分とか30分。曲名表記は日本語か中国語のみ。テレパス流派な“Slushwave”に対して、“Dreamtone”は仮想夢プラザのフォーマットですね。t e l e p a t hがシーンに与えた影響は大きいなと思います。
ヒタチ なるほど。(さっそく検索をかけて)“ドリームスパ株式会社”……。富士宮に住んでるのか……まあ、嘘なんだろうけど。
捨てアカ 〈No Problema Tapes〉からDreamtoneのコンピレーション『銀河間』が出ていますので、とりあえず聴いてみてはいかがでしょう。
VA『DreamSphere : 銀河間 [TIDE-010]』(2021)
ヒタチ これまたストレートなジャケだな!
捨てアカ もともとは〈Dreamsphere〉というDreamtone専門レーベルからのリリース作で、それのフィジカルを〈No Problema Tapes〉が出したという形です。
ΔKTR 収録されてる19トラック全部の尺が10分なんですね。
ヒタチ 最近のVaporwave系のネーミングはまた英語に戻ってきてる印象があったけど、このコンピを見るとそうでもないな。
ゲーム音楽とVaporwave
ΔKTR 日本国内のレコード屋でVaporwaveとして取り上げられているものがないか探してみたんですけど、そのなかに『ボンバーマン』シリーズの音楽を手がけたことで知られる竹間ジュンさんの『Midas Touch』があったんです。
竹間さんの曲はスポティファイのVaporwaveプレイリストにも入っていて、ゲーム音楽とVaporwaveとの親和性をうかがわせる。ひと昔前には〈Dream Catalogue〉から出た、ゲーム作曲家Kobayashi Yamato(*3)のアルバムなんてのもありました。Vaporwave自体も、AmbientやNew Age、ゲーム音楽などいろんな要素を取り込んで大きくなっていった側面があったじゃないですか。だからVaporwaveの音楽性って、ものすごく幅広いと思うんですよね。
(*3)ゲーム作曲家・小林大和の作品集という“設定”のアルバムで、あくまで架空の人物。
捨てアカ そうですね。Vaporwaveという言葉が包括している音楽の振れ幅はとても大きくて、ポップなFrench Houseから、果てはアンダーグラウンドなNoise MusicまでもがVaporwaveとしてカテゴライズされていますからね。「これがVaporwaveだ」と主張すれば、なんでもVaporwaveとしてまかり通ってしまう自由さがある。
ヒタチ そもそも、ひとつのキーワードに括られるってことがおかしな話ではあるもんね。
捨てアカ その一括りにされたなかに、ゲーム・ミュージックが含まれているのかもしれません。Vaporwaveの元ネタをたどってみると、ゲームのBGMをサンプリングした作品が数多くあります。Vektroidは『シェンムー』や『ナイツ』のBGMをLaserdisc Visions名義の作品で引用していますし、Blank Bansheeは『ドンキーコング』や『ゼルダの伝説』をサンプリングしています。『Zeldawave』というものもありますね。さらにNmeshは『Welcome To Warp Zone!』というゲームBGMオンリーのミックスを発表していますし、『シェンムーONLINE』という作品を出しているdeath's dynamic shroudや、Equip、R23XなどNEO GAIA勢もいます。
ヒタチ 実際、NEO GAIAの3組は来日時に『シェンムー』の舞台である横須賀に聖地巡礼に行ってたもんね。あと翌年彼らと一緒に日本に来たVAPERRORも、直近の数作はゲームをモチーフにした作品が多い。話を戻すと、竹間ジュンさんは『ボンバーマン』以外にも『高橋名人の冒険島』とか『ドラえもん』とか、ハドソンのゲームに多く参加している方です。
捨てアカ 竹間さんが手がけていた仕事のアーカイブがVaporwave的な質感を持ったものとして聴取されても不思議なことじゃないと思うんですよね。竹間さんが作曲を担当していたNINTENDO 64版『ボンバーマン』のBGMはAmbient TechnoやDrum and bassっぽくて、それが最近のY2Kなトレンドにもハマって再評価されている感じもします。
ヒタチ 確かに1990年代中期にDrum and bassが出てきて、ゲーム音楽に取り入れているものも多かったからね。また、どこかビートが薄いんだけど、それが今聴くと軽くてちょうどよかったりする。そういえば、PIZZA HOTLINEというアーティストの新作がゲームっぽいDrum and bassでした。
捨てアカ コントローラーのジャケのやつですか?
ヒタチ それです。半年か1年に1作くらいのペースでジャングルをやってる人がVaporwaveシーンに現れるんだけど、PIZZA HOTLINEのこれはゲーム系のジャングルで。説明欄にはSEGAがどうとか書いてあるのに、ジャケはプレステのコントローラーなんだよね。
捨てアカ ちぐはぐなのが面白い……。ちなみにそれをフィジカルで発売したフィンランドの〈Cityman Productions〉というレーベルがあるんですが、SEGAのパッケージにカセットを梱包してリリースしているんです。開くとこんなふうにカセットとブックレットが入っています。
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ΔKTR うわー、凝ってるなあ。
ヒタチ メガドライブのパッケージで見ると、『Hiraeth』のジャケはこれまたカッコいいな。
捨てアカ ゲームって世界共通のノスタルジアですよね。
ヒタチ 特にSEGAは任天堂以上に熱狂的なファンがいるから。
ΔKTR 『新蒸気波〜』掲載のEquipインタビューにも、「日本は自国発祥の音楽文化がなく、ゲームやアニメしかない」って話がありましたよね。
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ヒタチ 海外と比べた場合、日本のユースカルチャーで音楽発祥のものってほとんどないと思うんですよ。今Hip Hopは文化として根付きつつあるのかもしれないけど、少なくともTechnoとかは根付いていない。結局一般的には、ゲームだったりアニメだったりを通して音楽を聴いている人が圧倒的に多いんじゃないかな。
ΔKTR なるほど、やっぱりゲームの影響か強い。
ヒタチ NEO GAIAメンバーのなかでも、特にEquipは純粋に“ゲーム音楽”が好きなんだろうなって作品から伝わってくる。もちろんほかの音楽も聴いてるんだろうけど。
捨てアカ Equipは1stからRPGがモチーフでしたし、〈100% Electronica〉のTwitchでゲームの実況配信をしていたり、活動の随所にゲーム愛を感じますよね。
ヒタチ ライブのときにはファンタジーRPGの戦士っぽいコスプレをしてた。先日リリースされたR23Xとの共作『Nameless Dreamers』もジャケがモロじゃないですか。「ゲームの世界に入りたい!」っていう。でも最近インスタを見てると、髪を切ったり、めちゃ筋肉つけたりしていて、本人のなかで心境の変化があったのか、今後はまた変わってくるかもしれない。作品にどうフィードバックされるのか気になりますね。
Equip & R23X『Nameless Dreamers』(2022)
EquipとR23Xのコラボ・アルバムに限らず、ここ最近になってNEO GAIAの人たちの新譜が続々と発表されてますね。ddsはもちろん、彼らと一緒に来てくれたVAPERRORの新譜や、意外にも再発しか出してなかった식료품groceriesの新作もリリースされました。
ΔKTR 『ElectroniCON 3』に合わせてアルバムを出したんじゃないですかね?『NEO GAIA LEGEND』でもすごい盛り上げてましたよね。煽り立てるようなパフォーマンスのひょうきんなライブで……。
捨てアカ あれは楽しかったですね。深夜のCIRCUS TOKYOのフロアにいる大勢がスーパーマーケットで流れてそうな曲でブチ上がったあの熱気が忘れられません……。彼は急遽依頼したにもかかわらず韓国からすぐに駆けつけてくれて、本当にナイスガイでした。
(次回に続く)
2022年8月13日収録
『新蒸気波要点ガイド』の詳細・購入はこちら
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sute_aca(ステアカ)
島根県出雲市在住。音楽レーベル〈Local Visions〉主宰。『新蒸気波要点ガイド』『ユリイカ』『ele-king』『MASSAGE MAGAZINE』等でVaporwave関連の寄稿を行う。レコード・カセット蒐集家。Twitterが好き。https://twitter.com/sute_aca_
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ΔKTR(アクター)
ビートメイカー、音楽プロデューサー、A&R。2013年よりチリ、ローマ、台湾、LA等国外レーベルからカセット、レコードでのアルバムを発表。2015年〜20年まで〈New Masterpiece〉のA&Rとして参加。『新蒸気波要点ガイド』の編集・企画者。
https://aktr.bandcamp.com/
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hitachtronics(ヒタチトロニクス)
電子音楽レーベル〈New Masterpiece〉主宰、『新蒸気波要点ガイド』ではレーベル名義で編集を手がける(共同編集)。2018年、海外Vaporwaveアーティストの来日ツアー『NEO GAIA PHANTASY』に協賛。サブレーベルに〈WOOD TAPE ARCHIVES〉。たまにイラストも描く。
https://newmasterpiece.tumblr.com/
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大好評の短期集中連載「ヴェイパーウェイヴ・アーカイブス2020-2022」第2回を公開しました。“模倣”が新たなシーンをつくる? Vaporwaveとゲーム音楽の関係とは? 引き続きゲストは捨てアカさん @sute_aca_ です🎮 https://t.co/7kU0ROt1LM
— diskunion/DU BOOKS (@du_books) September 22, 2022