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コントローラをオカリナに変えるゲームデザインのひみつ~『ゼルダの伝説と音楽 「時のオカリナ」から学ぶゲームサウンド』ためし読み

ヘイ、リッスン!

遊びプレイ × 演奏プレイの傑作を題材にゲームと音楽の奥深い関係をひもとく決定版『ゼルダの伝説と音楽 「時のオカリナ」から学ぶゲームサウンド』(ティム・サマーズ著、小川公貴訳)が2月21日(金)に発売されます。

『ゼルダの伝説と音楽』書影
紺青とゴールドの2色刷り。
オカリナの手触りを疑似体験してもらうべく選ばれた
風合いのある用紙にも注目

 主人公リンクがオカリナで演奏する名曲の数々ダンジョンBGMはもちろん、アイテム獲得時やメニュー画面の効果音まで、不朽の名作『ゼルダの伝説 時のオカリナ』のあらゆる音楽を精緻に分析した一冊。
 楽譜・音の波形・プレイ画面など100点超の図版とともに、各楽曲とゲームの進行・演出がどのように関わり合っているかを読み解く。

「嵐の歌」の分析
風車小屋のオルガン弾きと子供時代のリンク。
『時のオカリナ』の物語のなかで、
「嵐の歌」は因果のループ(「鶏が先か卵が先か」的なパラドックス)に陥っている

 本日は発売に先駆けて、導入部の第2章「オカリナとリンクの音楽的パフォーマンス」より、「リンクのオカリナ演奏」「4つの音の先にあるもの」の2編を特別ためし読み公開いたします。
 オカリナで吹ける音階の特徴とは? ニンテンドウ64のコントローラの形状や特性を活かして生まれる、プレイヤーとリンクの“身体的対応”とは? ぜひご一読ください。

*  *  *

第2章
オカリナとリンクの音楽的パフォーマンス

文◉ティム・サマーズ 訳◉小川 公貴

リンクのオカリナ演奏

 ゲームの最初のダンジョンをクリアしたのち、リンクはひとつ目のオカリナである「妖精のオカリナ」を手に入れる。ゼルダ姫に会うべくコキリの森を旅立つ前に、友人のサリアから餞別せんべつとして渡されるのだ。オカリナはその魔力を示すように、きらめく光に包まれている。切ない別れの間際に、サリアはこう言う。

このオカリナ…  あげる! たいせつにしてネ。(中略)オカリナふいて、思い出したらかえってきてネ。

 画面にテキストが表示され、プレイヤーにオカリナの吹き方が説明される。

妖精のオカリナをもらった! サリアとの思い出の品だ。(C)にセットし、吹いてみよう。Cアイテム画面で、(左)・(下)・(右)にセットして、セットしたボタンで使おう。(C)でオカリナをかまえ、(A)と4つの(C)で演奏できる。やめたい時は(B)。

 ゲーム内でのオカリナの機能はすぐには明かされない一方で、この瞬間からプレイヤーはオカリナを使って、演奏可能なあらゆる音を即興で自由に吹けるようになる。オカリナの真の力は、リンクが曲を習得しながら徐々に明かされていく。
 ゲームのなかで、リンクはふたつのオカリナを演奏する――「妖精のオカリナ」と、のちにゼルダ姫から託される、より強力な「時のオカリナ」だ。後者の力は妖精のオカリナをりょうし、取得後は最初のオカリナに取って代わる。時のオカリナを入手した際、ゲーム画面には以下の一文が表示される――「時のオカリナを見つけた! ゼルダが残した王家の秘宝。神秘的な光を放っている……」。どちらのオカリナも使用する音とインターフェースは変わらず、楽器で演奏できる特定の音がコントローラのボタンに割り当てられている[図2-1~2-3]

[図2–1]ニンテンドウ64のコントローラ

 オカリナを黄色いCボタンのいずれかにセット後、そのボタンを押すと、リンクがオカリナを取り出して口に当て、オカリナ「演奏」モード[図2-2]が立ち上がる。同時にリンクの演奏がよく聴こえるよう、バックで流れている音楽の音量が下げられる。
 プレイヤーは基本となる5つのボタン――いずれもコントローラの右側にある、4つの黄色いCボタンと青いAボタン――を使って演奏する。一般的なプレイヤーはコントローラの真ん中と右側のグリップを持ってプレイするため、右手の親指を使ってオカリナ用のボタンを押すことになる。各ボタンがオカリナの個々の音程に対応しており、いずれかのボタンを押すと、リンクがその音を奏でる。鳴らされた音は余韻を引きつつ徐々に小さくなり、プレイヤーがボタンを放すか、リンクの息が続かなくなる(約3.6秒)と止まる。基本となるオカリナの音は[図2-3]に示されるとおり、D5、F5、A5、B5、そして1オクターブ上のD6の5つだ。

[図2–2]オカリナを演奏するリンク


[図2–3]リンクのオカリナ演奏に用いられるピッチとコントローラのボタン.

 オカリナで吹ける音は5つだが、最高音と最低音は同じDであるため、実際には4音構成の(テトラトニック)スケールを形成している。この音階はメジャーかマイナーかはっきりしない[表2-1]。DメジャーであればF#が必要だが、この音階にはDマイナーを示唆するB♭も含まれない。全体的にはむしろ、モーダル(旋法的)な音の並びを想起させる――これらの特定の音程は現代のDドリアンモードや、古代ギリシャのフリジアンモードと一致する。
 この音階は象徴面でも実用面でも、ゲームに適しているようだ。まず、現代のポップ音楽に期待される長調/短調の枠に収まらない、限られた音数のスケールの使用により、伝統的で、古風で、グローバルな音楽文化を喚起させる。すでに見てきたように、そうした特性はオカリナという楽器や、ハイラルのファンタジー世界との親和性が高い。次に、この音階は特定の演奏形態に限定されない――スケールの一部の音だけを用いて、さまざまな印象を与えるメロディを奏でることができる。実際、ゲーム内の既定の12曲のうち、5つの音すべてを用いたメロディが要求される曲はひとつもない。9曲は異なる3音だけを使用し、残りの3曲は4音のみを使用する。個々のメロディについてはのちに詳述するとして、ここで注目したいのは、このゲームではオカリナの演奏にさらなる可能性が与えられている点である。

[表2–1]オカリナの音階とDのメジャー、マイナー、現代ドリアンの比較

4つの音の先にあるもの

 ゲーム中、プレイヤーは[図2-3]で示されるボタンを使ってオカリナを演奏する。ゲーム内の曲を奏でるのに必要な音はこれだけだが、実験好きなプレイヤーであればすぐ、それ以外の音もコントローラで鳴らせることに気づくだろう。
 リンクがオカリナを吹く際、コントローラ中央の3Dスティックを上下に動かすことで、最大で全音(ピアノの鍵盤2個分)だけ音を高くまたは低く“ピッチベンド”できる。微妙な傾斜量を検知するアナログスティックの特性を活かし、スティックを深く倒すほど、ピッチも大きく変化する。段階的にピッチを変えられるため、最高音と最低音の間の中間音もすべて鳴らすことが可能だ。これにより、西洋のポップミュージックやクラシック音楽で一般的に強調される、12音を上回る音を演奏することができる(おそらく、世界各地の音楽風習をほのめかす一方策であろう)。とはいえ中間音のピッチを保つのは容易でなく、アナログスティックは主に、単純に次の音までピッチを上げ下げするために用いられる。
 オカリナはまた、3Dスティックの真下にあるコントローラ裏側のZトリガーボタン(Zボタン)と、黄色いCボタンの真上にあるRトリガーボタン(Rボタン)を使っても操作できる([図2-1および2-4]を参照)。ZボタンとRボタンでも音高を変えられるが、半音(ピアノの鍵盤1個分)しか上げ下げできない。また、3Dスティックのような段階的な変化ではなく、ボタンを押している間だけの半音変化である。これらのピッチコントロールは併用でき、たとえば3Dスティックでピッチを全音上げたのち、Rボタンでもう半音上げることも可能だ。ゆえにこのオカリナは、当初の印象よりもかなり幅広い音域を備えている。ニンテンドー3DS用の『時のオカリナ』のリメイク版[図2-5]では、携帯ゲーム機のハードウェアに合わせてオカリナ操作が調整されている。音のボタンへの割り当てが異なるだけでなく、本体下側のタッチパネルを押すことでも音を鳴らせるが、メインの操作スティック(スライドパッド)ではN64の3Dスティックと同じようにピッチベンドやビブラートを行える。3DS版ではスライドパッドの下の「十字キー」でも音程を変えられる。十字キーの左右でビブラートがかかり、十字キーの上下で、左右のトリガーボタンと同じようにピッチを半音だけ変えられる。

[図2–4]ニンテンドウ64コントローラの裏側(振動パック装着済み)
[図2–5]『時のオカリナ』3DSリメイク版でオカリナを演奏するリンク

 どちらのゲーム機でも、2種類のピッチコントロールを組み合わせることで、プレイヤーは最低音のD5より下のB4から、最高音のD6より上のF6まで、すべての音を奏でられる。こうした半音階的な音構成は、ピアノのような楽器でみられるのと同じものだ。リンクのオカリナは、多くの伝統的なオカリナよりも幅広い音域をカバーしている。演奏に変化を加える方法はもうひとつあり、アナログスティックを左右に動かすことで、音にビブラート(音を細かく揺らす表現技法)をかけられる。“本物の”オカリナでは、前述のような音の生成方法により、ビブラートを行うのが難しい。仮想的な楽器でありながら、リンクのオカリナは、多くの本物のオカリナに許されている以上の音楽的可能性を備えている。
 すべての音を鳴らせるかどうかは、プレイヤーの試行錯誤にかかっている。特にゼルダのような人気タイトルでは、ゲームが徹底的にやり込まれることは開発側も承知しており、熱心なプレイヤーたちはゲームに隠された秘密や可能性をすべて見つけ出そうと躍起になる。こうした追加的な音は、ゲームのインターフェースを探求することへのご褒美なのだ。演奏の可能性が広がれば、プレイヤーはゲーム内の決められた音やメロディを超えて、音楽的パフォーマンスを楽しめる。N64コントローラのZボタンやRボタンを使って隠された音を発見する際、プレイヤーはより本物のオカリナに近い形で、コントローラを両手で包み込むようにして持つ。こうしてリンクの仕草を物理的に模倣することで、プレイヤーとアバターの間により密接な身体的対応が育まれる。補足的な音やビブラートはゲームの攻略には役立たない。それらは純粋な演奏の喜びのためだけに実装されており、プレイヤーの演奏表現の幅をほんの少し広げてくれる。こうした可能性の存在が、オカリナ曲を一連のボタンを押すだけのコマンド入力ではなく、メロディとして覚えるよう暗に伝えている。

(続きは『ゼルダの伝説と音楽』でお楽しみください)

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《書誌情報》
『ゼルダの伝説と音楽 「時のオカリナ」から学ぶゲームサウンド』
ティム・サマーズ 著 小川 公貴 訳
A5判・並製・376ページ 本体3,400円+税
ISBN: 978-4-86647-228-7
2025年2月21日(金)発売
全国の書店・オンライン書店にてご予約承り中


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