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無小─掌編小説

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2023年3月の記事一覧

延命中は独り

延命中は独り

「外がそんなに面白い?」

 そう聞いてきた彼女の方を向いた。

「……あー、いや」

 言い淀んで、美術室に展示されているよく分からないオブジェを見つめながら、僕はどう言い訳をしようか考えた。

「大丈夫。答えなくてもいい。意地悪みたいなことを言ってごめんなさい。別に寂しかったわけじゃなくて、今あなたが何を考えているのかを知りたかっただけ」

 きっと、嘘ではない。寂しくはないのだろう。それでも

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脆い世界

脆い世界

 授業時間だというのに、──否、授業時間だからこそ私は非常階段にいて、極力音を立てないように、ゆっくりと一段一段を踏みしめていた。
 この時間に校内で鳴り響く音、というか声は限られている。一番大きく響いてくるのはグラウンドからの声で、スポーツのできる人間とできない人間がごちゃ混ぜになり、主にボールを追いかけて走り回っているという光景が見える。
 もちろん、そこから聞こえてくる声のほとんどはスポーツ

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気付けない可哀想な男

気付けない可哀想な男

「俺にはもう何も無いんだ」

 私の隣に座っている男は、そんな情けない話を始めた。
 さっきまで快楽に溺れていて、その時は悩みなんて無さそうだったのに、正気に戻ってしまったみたい。
 それならずっと正気でいられない状態にしてあげられれば良いんだけど、男はそれが難しい。一度快楽の底(その程度で?とは思うくらいの浅い底)に行くとすぐに水上に戻ってしまう。せっかく溺れさせようとしても「今はダメだ」と言わ

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