マガジンのカバー画像

無小─掌編小説

9
運営しているクリエイター

記事一覧

悩みが捨てられない人間であろうか

悩みが捨てられない人間であろうか

 別に優しい人になりたいわけじゃない。
 私たちの生き方を肯定する人がいないから、そんな人たちと同じようにはならないようにしようと思っているだけ。でないと、認めてしまうことになるから。

 夜が好きな人たちが好き。みんなが寝ている時間の美しさを知る人たちが好き。単純に夜に出会える暗中の光も好きだし、視覚情報の一切を消し去る闇そのものも好き。

 夜は目に映らないものが多いけれど、心象風景に広がって

もっとみる
無小─縋り

無小─縋り

 コンコン。
 僕は深夜のファストフード店のドライブスルー用のガラス扉を叩いて店員を呼んだ。
 すぐに駆けつけた店員は怯えた表情で、恐る恐る僕に要件をたずねた。
「注文です。なんでもいいんでセットを一つ。お金は気にしなくていいです」
 僕は用意していた台詞を吐いた。店員は先程の怯えに困惑が混じった表情になった。僕はそんな店員などお構いなしに、商品が届くまで壁にもたれかかって待つことにした。
 ポケ

もっとみる
誰よりも娘が許せない

誰よりも娘が許せない

 鼻に異臭が飛び込んでくる。ゴミ袋に近づけた顔が歪む。それでも私はガサガサと音を立てながら袋の中を漁っていた。

「どこかしら」

 ゴミ袋を探した後、あまり意味は無いとは思いつつ手を洗ってから次の場所を探してみた。
クローゼットを探しても見つからなかった。箪笥も探した。
 冷蔵庫も開けてはみたけど、さすがにここなわけはないか。
 机の下も、自室も、子供の部屋も探した。
いよいよ探していない場所は

もっとみる
入口

入口

 必要以上のお金なんかいらなかった。それなのに、私は最近ずっとお金のことばかりを考えている。
 学費、家賃、光熱費、食費、携帯料金。ただ生きるだけでお金はいる。だからお金のことは考えなきゃいけない。
 奨学金を借りようにも、高校までは真面目に勉強してこなかったから、奨学金なんて借りれる成績じゃなかった。まあ、これは自業自得か。

 仕送りを貰っている人を羨ましいと思ってしまう。どうして私ばっかりっ

もっとみる
駅のホームの死にかけの子

駅のホームの死にかけの子

 ホームで電車を待っている時、それが聞こえてきた。
 最初はほんの小さな息遣いだった。今にも絶えて消えそうなその声が私の頭に響いて、電車の時間が近付くにつれて少しずつ大きくなっていった。

 怪奇現象だろうか?
 そう思ったけれど、現実主義の私はその考えをすぐに打ち消した。そして次に耳の異常の可能性を考えた。何が原因かは分からないけれど、遠くの音がよく頭に響いて聞こえるようになってしまったのではな

もっとみる
不満

不満

 夜が明けてきて、外ではカラスが鳴いていた。天窓からは薄日が差し込み、部屋の明度を上げていく。

 僕は頭を磨りガラスにこすりつけながら歩いていた。その状態で端まで行ってくるりと反転して戻っていき、また端まで行ってくるりと反転する。
 これを繰り返しているうちに明るさが意識できるようになってくると、ほんの少し前までの暗闇が名残惜しくなって、今度は目を閉じながらひたひたと歩き、くるくると回る。
 冷

もっとみる
延命中は独り

延命中は独り

「外がそんなに面白い?」

 そう聞いてきた彼女の方を向いた。

「……あー、いや」

 言い淀んで、美術室に展示されているよく分からないオブジェを見つめながら、僕はどう言い訳をしようか考えた。

「大丈夫。答えなくてもいい。意地悪みたいなことを言ってごめんなさい。別に寂しかったわけじゃなくて、今あなたが何を考えているのかを知りたかっただけ」

 きっと、嘘ではない。寂しくはないのだろう。それでも

もっとみる
脆い世界

脆い世界

 授業時間だというのに、──否、授業時間だからこそ私は非常階段にいて、極力音を立てないように、ゆっくりと一段一段を踏みしめていた。
 この時間に校内で鳴り響く音、というか声は限られている。一番大きく響いてくるのはグラウンドからの声で、スポーツのできる人間とできない人間がごちゃ混ぜになり、主にボールを追いかけて走り回っているという光景が見える。
 もちろん、そこから聞こえてくる声のほとんどはスポーツ

もっとみる
気付けない可哀想な男

気付けない可哀想な男

「俺にはもう何も無いんだ」

 私の隣に座っている男は、そんな情けない話を始めた。
 さっきまで快楽に溺れていて、その時は悩みなんて無さそうだったのに、正気に戻ってしまったみたい。
 それならずっと正気でいられない状態にしてあげられれば良いんだけど、男はそれが難しい。一度快楽の底(その程度で?とは思うくらいの浅い底)に行くとすぐに水上に戻ってしまう。せっかく溺れさせようとしても「今はダメだ」と言わ

もっとみる