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適応障害になった、だからこそ気づけたこと

前回、適応障害になった原因、症状などについて
まとめてみました。

これの続編だと思っていただければ。
でも、適応障害など病気に関係ない人にも
届くといいな、と思います。
当たり前でないことです。

元々の生活

適応障害になる前の私は
それはもう本当にどこにでもいる20歳前半(当時)
社会に出て数年目。
休みの日は、家で本を読んだりダラダラしたり。
(ほとんどダラダラぐだぐだゴロゴロ)
時には友達や学生時代の仲間と遊んだり。
セルフネイルを追求してみたり…。

一人暮らしは元々したいと思っていて、
たまに賃貸物件サイトを見たり。
こんな生活できたらなぁ、と思うだけ。
それでもお金が貯まるまでは!と
調べて満足する日々でした。
(一人暮らし始めたい人に向けたnoteはこちら

本当に普通。
なんでもない日々でした。


私の悪い癖

適応障害になるまでの私は
月に1度程(少なければ半年に1度ぐらい)
全く眠れずに結局オール。
もしくは布団に入った後、
なぜか急にしんどい、と思って
ひとしきり泣いて寝落ち。

そんな日がありました。

学生時代から気づいていましたが、
どうやら私はストレスを溜めて限界が来たら
大爆発を起こすタイプ


これも今回適応障害になった
1つの要因かもしれません。


患ってからの生活

適応障害と診断されてからのお話。

まず、今まで以上に寝付けない
なんならオールするか!?ってキレるレベル。
音楽聴こうが、Youtube見ようが、
とにかく寝れない。
どうにかこうにか朝方にようやく寝落ち。
もしくはオール。
またまたもしくは泣き疲れて寝落ち。

そして起床時。
とにかく布団から出れない
手が、足が、身体が動いてくれない
トイレに行きたかろうが、
お腹がすこうが無駄無駄ァ!!って
脳が言ってる(たぶん)(適当)

目覚めてから3〜4時間後にやっと行動できる。
その時が来るまではiPhoneにかじりつくように。
SNS、LINE、Youtube…

その他は、
何もする気が起こらない。
出かけようとも思わない。
それをするためのメイクすら。
元々、メイクは嫌いじゃない。
むしろする時間は楽しいので、好きな方?
でもそれさえもめんどくさい。

患ってからしばらくはまだ実家なので、
ご飯は勝手に出てくる。
お風呂も沸く。
時間が来たから食べる、やる。
そんな感じでした。


そして気分的な落ち込み。
これもなかなか理解しにくいものだと思います。

勝手に涙が出たことに
「またか」となって
涙が出たことに悲しくなる(落ち込む)
そんな日もあります。

底まで行けば
もう生きるのやめたい、と
ふと思うのです。
でもどんな死に方をしても、
周りに迷惑がかかるのが目に見えているので
自殺はしません。
ですが、どうやって死のうか。
それを考えていると少し楽になるのです。
しんどい、という気持ちを忘れて
考えることに集中するから。
非現実的だとわかっているから。
バカバカしくなって
動く気力になることも。


逃げ道になってしまったもの

全てがどうでもよくなって、
何もせずに1日を終える。
そんな私が見つけ出した辛い気持ちから
逃れるための手段。

本当はこんな逃げ方はよくない。
自分に言い聞かせるようにここに残したい。
そう思って書いています。


結論からいえば、
私の逃げ道は "セックス" です。

私には付き合って2年ほどになる彼がいます。
もちろん、その彼が支えてくれているのも確かです。

そして彼がいたからこそ、
人間としての最低限の生活ができているのだと
知ることになりました。


一人暮らしになれば、
セルフプレジャーなるものも多いに捗り、
彼が家に来ればまぁ、そうなりますよね。
彼の家にお邪魔する場合もそうなるよねぇ…

私は、快感に呑まれることで
辛い気持ちを一瞬でも忘れていられる。
そう気づいてしまいました。

気づいてからも貪るようにし、
彼を呼ぶ頻度が増え(彼くんマジ感謝)
どんどん考えが脆くなっていきます。
もしかすると依存症気味なのかもしれませんね…

でもそれも彼が留めてくれました。
ありがたいです…


だからこそ

そんな生活からは抜け出せた今。
(ある程度。まだまだ療養必至)

気づいたことがあります。

それは、
普通のありがたさ

アラームで起きて、
寝ぼけ眼で朝ごはん、準備。
メイクに、着替え。
いってきます。
電車に揺られ職場へ。
おはようございまーす。
で、仕事。
たまに怒られ、褒められ、
よし、終わった。
お疲れ様でーす。
再び電車に揺られて。
ただいま。
ご飯を食べ、お風呂。
Youtubeや音楽、その他に癒され
また明日も頑張ろう、
おやすみ。


全て普通のなんでもない日常。
ある日を切り取った、
前の私の普通の日




これが普通ではなかったこと。
平和な日常だったこと。

仕事に泣かされた日も、
褒められて頑張ろうと思えた日も、
帰ってきて好きなように過ごせる日も、
休みの日にふらっと1人で出かけた日も。

ありがたい日々だった、と
改めて気づくことができました。
これは適応障害になったからこそ、
本心で思えたことです。

きっと適応障害になっていなければ、
改めて思うこともなかったでしょう。
気づくこともなく生きていたでしょう。

自然災害や人災のニュースを見て
他人事ではない、と思いつつ、
他人事だ、と内心思って、
なんの不自由もなく家でくつろげている。
幸せなことなんだろうなぁ、
それぐらいでしか考えられなかったでしょう。


でも気づくことができた今だからこそ、
必要最低限の物を買うため
お店に入ったとき、
普通の日常を送っている人(仕事)を見て
あのままではいられなかったんだろうか。
と泣いた日もあります。


辛くてもいい、仕事に行けて、
自分が立てた予定通りに動けて、
なんとなくで過ごしていた日々に。

もちろんできることなら
働きたくはありません 笑
死ぬまで暮らせるぐらいの金額の宝くじでも当たって、
一生ニートになりたい。
と思うぐらい。(欲望の塊)

でも、そんなのは現実的ではありませんし、
なったらいいな、ぐらいの夢の夢です。

現実的に考えた場合。
やっぱり私はなんでもない普通の生活が送りたい
そう思います。

そして適応障害というものに、
なってよかったと思っています。
できることならなりたくない、ならない方がいいでしょう。
でも、ならないとわからない世界もあって。
これは前のnoteにも書きましたね。


いつか何かの糧になると信じて、
療養期間を経て復活したいな。
そんな微かな希望の元、
私は私のペースでゆっくり進んでいこう。
そう思っています。


閲覧していただき、ありがとうございます! 何かの参考などになれば幸いです🌷