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第10章:精神科医が教えるストレスを溜めない最強のコミュニケーション術


 ここまでは、一人の時間をマインドフルに過ごすことでストレスの軽減を目指してきましたが、私達の生活で最もストレスのかかりやすいものは、やはり対人関係です。ダイエットに限ったコミュニケーションを見ても、「ご飯残すなんて珍しいね、ダイエット?続かなそうそう(笑)」「ダイエットしてるんじゃなかったの?結構食べてるけど」などと心無い言葉を投げかけられたり、「私の作ったご飯を残すなんて、まずいってこと?」「もっとご飯を食べないとだめだよ」などと食事に関して色々なことを指摘されます。

 せっかくマインドフルにマイペースに食べているのに、この様なやりとりの中で言いたいことを我慢しすぎたり、逆に喧嘩になってしまうとストレスが溜まります。そしてイライラしてしまい結局マインドフルに食べられなくなり、食べ過ぎに繋がっていきます。これまで呼吸や食事など普段無意識に行っている動作に注意を向けてマインドフルになるトレーニングをしてきましたが、この章ではコミュニケーションに注意を向けてみましょう。「私はコミュニケーションでそんなに悩んでないわ」といいう方はこの章は読み飛ばしても大丈夫ですし、困ってないけどコミュニケーションにちょっと興味がある方はご覧になってみて下さい。

日常のコミュニケーションは無意識に反射でしている

 普段生活していると、歩いたり食べたりするのと同じくらい当たり前のようにコミュニケーションを誰かと取っていると思いますが、コミュニケーションに注意を向けることは少ないのではないかと思います。
 例えば、「ご飯残すなんて珍しいね、ダイエット?続かなそう(笑)」と言われた時に皆さんどんな風に言葉を返すでしょうか。「自分は今までダイエットに何回も失敗しているからしょうがないよな」と思い笑って誤魔化す人もいるでしょうし、「馬鹿にされている」と思って怒る人もいるかもしれません。この様な対応は、じっくり自分がどう感じているか数分考えてから言葉を返すというよりは、数秒で反射的にしていると思います。そして、このコミュニケーションの対応は大きく「受身的」「攻撃的」「アサーティブ」の3つに分かれると言われています。

コミュニケーションは「受身的」「攻撃的」「アサーティブ」の3つ

 「受身的」なコミュニケーションを取りやすい人は、自分より相手の気持ちを尊重するので、喧嘩になりにくく平穏に生活しやすいメリットがありますが、自分を殺して相手に合わせているので、泣き寝入りになりやすく、不満が溜まりやすいデメリットもあります。

 「攻撃的」なコミュニケーションは、相手より自分の気持ちを尊重するので、自分の意見が通りやすかったり、言いたいことが言えるというメリットがありますが、相手の気持ちを2の次にしすぎてしまうと、周りの人達からの信頼感が減っていき、最終的には孤立しやすくなるデメリットもあります。

 「アサーティブ」というのはその中間で、相手も、自分も大切にする自己表現を心がけることです。自分の気持ちをその場にふさわしい方法で表現することを「アサーション」と言います。「アサーション」は一時期流行っていたので、皆さんも聞いたことがあるかもしれません。

日本人がいきなり「アサーション」をしてもうまく行かない

 アサーションは、元々自己主張をする文化のあるアメリカで発祥したものです。それを「事なかれ主義」「空気を読む」「長い物には巻かれよ」などという表現に代表される「受身的」なコミュニケーションが得意な日本で実践しようとすると、普段自己主張することに慣れていないため、「アサーション」というよりは「攻撃的」なコミュニケーションになってしまい、「自己主張するとやはりうまく行かない。アサーションなんて辞めよう」と自己主張を余計に控えてしまう人もいます。大切なのは自分に自己主張する権利があるのと同様、相手にも自己主張する権利があることを認めることであり、ただ自己主張すれば良いという訳ではありません。対人関係においてストレスを軽減し、食べ過ぎを抑えるためにも、「泣き寝入り」の受身的なコミュニケーションでもなく、言いっぱなしの攻撃的なコミュニケーションでもない、相手も自分も尊重しつつ自己主張をすることがとても大切です。

日本は練習無しで社会でいきなり良いコミュニケーションを求められる

 大切ではありますが、日本ではコミュニケーションについて学校教育を受ける機会はまず無くであり、義務教育後にもそんな機会はめったにありません。英語や、パソコン、水泳、習字などについては学校で教育されるのに、生きる上では避けられない必須のスキルであるコミュニケーションの教育機会がないというのは不思議です。それまで教わってきていないのに就職活動では自己分析、自己主張をしなくてはならず、社会人になると「報連相(報告連絡相談)」が必須になるので大変です。今述べている「コミュニケーション」というのは、仲間内で冗談を言って笑わせたり、和ませたりするような「雑談」のことではなく、意見や利害がぶつかり合うような場面でも自分や相手を尊重しながら自己主張する力のことです。現代は子供たちも携帯を持ちグループLINEやSNSに参加しなければクラスメイトについていけないことも多い過酷なもので、そこで生き抜くコミュニケーションは学んでいけるかもしれませんが、アサーティブな自己主張する力を独学で獲得するのは難しいでしょう。

ストレスを溜めないコミュニケーションを練習しよう


 この不慣れなコミュニケーションを上達させることにもマインドフルを応用できます。これは対人関係療法、アサーションなどの色々な心理療法を元に、アレンジを加えたストレスを溜めないコミュニケーション術です。これまで練習してきたように、普段、無意識かつ反射的に行っているコミュニケーションに注意を向けてゆっくり一つ一つ確認していきます。これはあえてスローモーションで行う空手の組み手の練習の仕方に少し似ています。あえてゆっくりと攻撃と防御をすることで、技の型が身についているかを確認できるのです。それでは一緒にコミュニケーションの型を確認していきましょう。

STEP1 : 話しかける前に相手を確認!

 上手なコミュニケーションというと、まずどんな風に話しかけるかに注意が行きやすいですが、その前に大切なことがあります。それは相手がコミュニケーションを受けてくれる状態にあるかの確認です。会話はキャッチボールと言いますが、相手がこっちを向いていないのにボールを投げたら、ボールが体に当たって喧嘩になります。よくあるのが、「話を聞いてほしい」という自分の気持ちに注意が向きすぎてしまい、相手が他のことで余裕がなかったり、疲れていることに気づかずにコミュニケーションを始めてしまうパターンです。仕事で疲れて帰ってきて、まずは一息ついて仕事の疲れを取りたいと思っている相手に、いきなり話を始めても嫌がられたり、話を聞いてもらえず上の空になられたりしてしまいがちです。こちらが「話を聞いてほしい」と主張する権利があるのと同様、相手も「今は話を聞きたくない」と主張する権利があります。相手がその権利を主張する可能性も尊重して、「〇〇について話を聞いてほしいんだけど、今30分くらい時間もらえるかな?もし難しかったら今週末頃までに話せると嬉しいんだけど。」などと、相手が話を聞いてくれるかを確認してから話し始めましょう。
 「えっ、こんな面倒くさいことをいちいちしないといけないの?」と思われる方もいるかもしれません。もちろん普段の雑談で毎回この確認をしていたら、1日が48時間でも足りません。マインドフルダイエットの時にいつもマインドフルに食事をしないといけない訳ではないとお伝えしたのと同様に、大事な時(特に相手が仕事の後などで疲れている時)にコミュニケーションにも少し注意を向けてみましょうというご提案です。これを必ずしないといけない訳ではなく、普段私達がしているコミュニケーションにこのようなひと工夫を凝らすだけで変化するものがあるので、それらに気付くといった目的で、気楽な気持ちで眺めてもらえればと思います。

STEP2 : 何を伝えたいのかを整理する

 相手が話を聞く準備ができていることを確認したら、自分が伝えたい内容を予め整理して、相手が受け取りやすい形で伝えることが大切です。ここでもキャッチボールを意識しましょう。
 まずはたくさんあるボール(伝えたい内容)から一番伝えたいものを選びます。同時に2つも3つもボールを投げたら相手は受け取れません。

STEP3:相手が受け取りやすいボールを投げる

  ボールを選んだら、相手が受け取りやすい様に投げます。良くあるコミュニケーションのエラーは、ボールを投げる振り(非言語的コミュニケーション)をしてみたり、変化球(嫌味や婉曲表現)を投げて相手が受け取れない場合です。

身振り手振りでは伝わらない

 非言語的コミュニケーションとは、沈黙したり、ため息をついたり、ドアを強く締めたりと、身振りや態度で伝えようとするものです。投げる振りだけでは、ボールを投げたがっていることは分かっても、実際に投げていないのでボールは相手に届きません。沈黙やため息では、悲しいのか怒っているのか、疲れているだけなのか、相手がどう捉えるかに色々な可能性が出てきて誤解が生じやすく、何に怒っているのか、どうして欲しかったのかなどの重要な情報は全く相手に伝わらないのです。

変化球禁止!言いたいことはストレートに

 嫌味や婉曲表現はうまく使えばコミュニケーションを円滑にしますが、過剰であれば相手に受け取ってもらえません。よくある伝わりにくい婉曲表現は、過去の出来事の引用です。夫婦喧嘩が白熱してくると、妻が「子供が小さい時、家事を手伝ってくれなかった。」「昔、飲み会で朝帰りした」などと過去にあったことを引用して、「あなたはいつもそう」などといった間接的な表現が増えていきます。そうすると言われた相手は「いつも」ではないだろうとやり返し、議論は平行線になっていきます。「最近残業が多くて、仕事だから仕方ないと頭では分かっていても夫婦の時間が少なくて寂しい。早く帰って来るのは難しいだろうけど、その寂しい気持ちを分かって欲しい」ということが伝えたいことで、「私は今寂しい」という気持ちを伝えるために昔寂しく感じた出来事を引用しているのですが、その引用では間接的すぎて残念ながら相手には伝わらなかったのです。夫は「変えられない過去のことでまた責められている。自分にはどうしようもない」と感じ、自分の身を守ろうとして、「過去のことを言っても今更どうしようもないだろ」と自己弁護を始めてしまい、ますます喧嘩がひどくなって行きます。

過去の嫌だったことの引用は伝わりにくい


 親子喧嘩にも同じ様なことが起きます。「お母さんにあの時ああ言われたことが辛かった」「お父さんにあの時反対されて嫌だった」などと子供が嫌だったことを言っている時は、「過去のことが今の自分にも影響していて辛い。今つらいということをただわかってほしい」というのが本当に伝えたいことが多いのですが、過去の引用は大抵親には「自分の子育ての仕方を断罪されている、咎められている」と伝わるので、「そんなつもりはなかった」「あなたのことを思ってやっていた」と親は自分を正当化します。子供のボールをキャッチする前に「そんなつもりはなかった」と自分のボールを投げてしまうと、子供には自分のボールを受け止めてもらえていないと伝わってしまい、さらにこじれていきます。

相手に伝える時は「I(アイ)メッセージ」

 相手にボールを投げる時は「私」を主語にして、「短く具体的」に、「直球」ですることが原則です。これを「I(アイ)メッセージ」と言います。夫が家事をしてくれないことを不満に思っている時に、「あなたは家事をしてくれない」と主語を「あなた(you)」にしてしまうと、相手は咎められているととりやすくなります。これを「(私は、)この部屋に掃除機をかけてもらえると嬉しい」と「私(I)」を主語にすると伝えたいことは同じでも伝わり方が違うことがおわかり頂けると思います。日本人は主語を省略することが多いですが、省略前の主語が「私」になるような文であれば大丈夫です。
 また「(私は、)この部屋に掃除機をかけてもらえると嬉しい」という文章には「短く具体的」というコツも入っています。「家事」と意味の広い言葉を使ってしまうと、「ごみ捨てはしているだろう」などと議論がそれていきます。やって欲しいことは「このシンクの皿洗い」「今干してある洗濯物をたたむ」など、具体的であればあるほど相手に伝わりやすく、自分の要求が通りやすくなります。

禁止のコミュニケーションは伝わらない

 「直球」というのは「変化球(嫌味や婉曲表現)」を使わないということだけではありません。否定・禁止文ではなく、肯定文を使うという意味も含みます。否定・禁止文では意味が曖昧になりやすく、コミュニケーションエラーに繋がりやすいのです。どういう事かというと、「休みの日にゴロゴロしてばっかりいないで」と言うと、「ゴロゴロするな」ということは伝わるのですが、じゃあどうして欲しいのかということは伝わりません。「ゴロゴロする」という過ごし方を禁止して他の選択肢を探しても、「自分ひとりでゴルフをしにいく」「子供と公園で遊ぶ」「夕飯を作る」などと無数にあるからです。
 加えて、人間には否定や禁止をされるとそれに反発したくなるという心理的な特徴があります。一番有名な心理学の実験は「白くまの実験」です。被験者に「白くまのことだけは絶対に考えないでください」と伝えると、むしろ気になって余計に白くまのことが頭に浮かんでしまうという結果になりました。人間は禁止されると余計にそこに惹きつけられてしまうのです。マインドフルダイエットで食べ物を禁止しないことが大切なのも、禁止することでむしろ食べてしまう悪循環にならないためでした。先程の例では、「休みの日にゴロゴロしないで」と伝えると、多くの場合「休みの日くらいゴロゴロさせて欲しい」「ゴロゴロしている訳ではない」など反発され、「ゴロゴロするかしないか」で喧嘩となり、お互いに嫌な気分になって終わりやすいです。「ゴロゴロしないで」いうのは本当の要望ではなく、「休みの日には、夫婦で外出したい」「休みの日には、1時間でも子供と遊んであげて欲しい」など、ゴロゴロする代わりにして欲しいことがあるはずなので、それを直球でシンプルに伝えた方が相手には届きやすいのです。本当の要望が叶えば、相手がゴロゴロしてようがしていまいが気にならないのが人間です。

STEP4:相手からのボールを受け取ってから投げる

 ここまでは相手に自分が伝えたいことを伝えるためのコツ、キャッチボールで言えばボールの投げ方を紹介しました。この後は、ボールを投げた後の話になります。ここで起きるコミュニケーションのエラーの一つには、正確に伝わっていないにも関わらず、「何回も言ったのにどうして理解してないの?」「ちゃんと言ったから分かっているはず」などと、相手に伝えたつもりになってしまうことがあります。
 実際のキャッチボールでは自分の投げたボールが相手にキャッチされたかどうかを目で確認できますが、言葉のキャッチボールは目に見えないので確認できません。ちゃんと伝えたつもりでも、相手は疲れて注意が散漫になっていて、途中から聞けてないかもしれないし、自分が話したいことを考えることで頭が一杯で話を聞けてないかもしれません。これまでマインドフルを体験されてきた皆さんは、一つのことに集中し続ける難しさをすでにご存知のことと思います。コミュニケーションも同様で、ずっと話に注意を向け続けるのは意外と難しく、自分の伝えたい内容が本当にそのまま相手に受け取られているかは、相手に確認しないと分からないのです。そのため、「私の話ってどういう風に伝わっているのかな?」「ちゃんと話し合いをして、あなたとうまくやっていきたいから、私の話を聞いて感じたことを教えてもらえると嬉しいな」というように、相手への伝わり方を確認しましょう。

話の受け取り方

 ボールの投げ方の次は、ボールの受け取り方です。食べ方やボールの投げ方にもくせがついていた様に、ボールの投げ方にも皆さんくせがついているはずです。ただ、ボールの受け方のくせは皆さんが概ね同じ様なパターンをもたれています。それは相手の話をネガティブに捉えすぎるというものです。
 一番分かり易いのは、上司や教師などに「ちょっといいかな」と聞かれた時には、褒められると言うよりは怒られる、咎められると思う人のほうが多いのではないでしょうか。これは、何か悪いことが起きると予想している方がリスクに備えることが出来たり、良いことが起きると思っていたのに悪いことが起きた時のギャップによる心のダメージを減らせたりと、何らかのメリットがあるので、生活の知恵としてその様なくせがついているのです。この、咄嗟にネガティブに考えて備える反射が、有効な時もありますが、喧嘩の時などでは状況を悪化させる場合もあります。相手がこちらを責める、咎める意図がないのに、こちらがネガティブに捉えすぎてしまうと、相手を攻撃したくなったり、会話を辞めたくなったりするので、喧嘩がヒートアップしていきます。見知らぬ第三者ではなく、親や配偶者、恋人などの関係性の近い人達があなたに怒っている時の多くは、困っていてあなたに伝えたいことがある時であって、あなたに悪意を持ち攻撃したがっている訳ではない時もあります。例えば、「ゴロゴロしないで!」と怒られると、こちらは「私のことが嫌いなんだな」「僕を追い詰めようとしている」などとネガティブに捉えて、相手に「イライラするなよ」などと怒り返してしまうと、ますます拗れてしまいます。怒り返す少し前に、「この人は自分に嫌なことをしようとして言っているのかな?それとも何か他の意図があるのかな?」と、心の中でワンクッションおいて、「何か困っているなら話を聞かせて欲しいな」と相手の事情を聞いて、相手の言動がやはり理不尽なものであると確認できたのであれば、相手に注意するなり言い返すなりするようにすると、完璧です。これほど理想的には行きませんが、会話をしていて嫌な気持ちになったことに気づいた時は相手にその様な意図があるのか、それとも自分の受け取り方がズレているのかを確認できると良いコミュニケーションの受け取り方に近づいていきます。

まとめ


 コミュニケーションの準備や、伝え方、受け取り方を紹介しました。コミュニケーションは透明なボールでキャッチボールしているようなものなので、次の4ステップを見ながら、必要な時は投球動作を1つずつ確認してみましょう。

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