The story of a band ~#20 願い~
様々なライブ経験は、技量だけではなく、バンドメンバーとの絆も育んでくれる。
そして、その絆は、皆が同じ場所にいないからといって切れるものではない。
バンド結成から約2年が経とうとしていた。
まだ少し肌寒い4月のある日、職場でジョンが神妙な顔で仁志に話しかけた。
「仁志、今ちょっといいか?」
「ああ。どうしたよ?」
「実は、俺がここにいられるのもあと4ヶ月らしいんだ。」
「えっ?そうなの?つまり8月?」
「そう。その頃には東京に行ってる。」
「なんだ、そういうことか。ほら、お前、期間契約でこの職場に来たことは知ってるから。そっか、2年契約だったっけ。でも、あれだ。東京に住むぐらいなら、一緒にバンドやれなくなるわけじゃないっしょ?」
仁志は、ジョンの転勤話は覚悟していたし、東京に住むことで一緒にバンドができなくなるとは思っていなかった。
もちろん、地元でのライブはジョン抜きで行わなければならないかもしれないが、タイミングが合えば参加できる可能性もあると考えていたのである。
「ただ、そう単純じゃなくて。俺、東京に行って1年ぐらい働いたら、アメリカに帰るんだよ。」
「アメリカって・・・。おいおい・・・。」
職場の作業音がやけにうるさく感じる。
仁志は、アメリカに帰る理由を聞きたかったが、ジョンはそれを話したくはない様子だったため、あえて聞かなかった。
「そう。だから、俺はいずれバンドからは抜けることになる。こういうのは早めに言っておくのがいいと思ってな。」
「・・・・・・。なるほど。それじゃあ、つまり、お前が日本にいる間は、5人のdredkingzをやれるってわけだな。」
仁志は息を大きく吸って少し考え込んだ。
「分かった!まだまだ俺らには、やりたいことが山積みだから、何とか、帰国までにライブ出来るようにしていこう!みんなにも話して大丈夫?」
「大丈夫。」
早速この日の夜、仁志は誠司にジョンの状況を伝え、誠司から今河や野口にこのことを伝えてもらうようにした。
皆、正直、残念な気持ちになった。
これまで一緒に歩んできた時間は、思い出で終わらせるほど軽くはなかったからである。
バンドもこれからというときに、ジョンの近い将来の脱退は、心の中に少しだけ穴を開けた気分だった。
しかし、ジョンがまだ日本にいる間は、5人の活動をできるだけ続けていきたいという願いの方が最終的に勝った。
(来年はジョンがバンドを抜けるかあ。今のこの時間がなんかもったいなく感じるな。)
仙台でのライブ以降、なかなか5人全員の都合が合わなかったり、ライブハウス側のスケジュールが埋まっていたりと、ライブができていない状態が続いていた。
(今「ライブやりませんか?」なんて話が来たりとか、まさか、そんなうまい話があるわけねえよな。。)
誠司は、部屋でギターを弾きながらぼうっと考え込んでいた。指は動いているが、目は遠くを眺めている。
そんな時、誠司のケータイが鳴った。今河からだ。
「はい。もしもし。お疲れさんです。どうしたんすか?」
「誠ちゃん、東京でライブのオファーが来てるんだけど。」
「マ、マジっすか!?今、ちょうどライブあったらなあなんて思ってたところだったんすよ!(笑)すげえなあ。そのタイミング!(笑)それで、どういうライブなんでしょうか?」
誠司は興奮気味で今河に尋ねた。
「えっとね、俺がECHOESの時からお世話になってるライブハウスのオーナーがいて、今河の復活ライブをやるっていうことでお呼びがかかったんだよ。東京新宿の『club doctor』って言うんだけどさ。」
「へえ~!それなら、俺らが出れば、今河さんの復活ライブというわけですよね!」
「そう。ゴールデンウィーク中の5月4日。金曜日の夜。どう?」
「連休中だから、俺は全然大丈夫っすよ!さっそく兄貴にも電話します!」
「そっちがOKだったら、俺に電話して。野口には俺から電話しておくから。」
「了解しました!」
その情報は全員に伝わり、初の東京ライブ出演はすぐに決定した。
仁志は、願ったり叶ったりだと思った。1年なんてあっという間に過ぎる。それまでに、ジョンとどれだけの時間を共有できるか。
もっともっと回転速度を上げなければならない。
そこで仁志は、誠司にある提案をもちかけた。
「前のバンドでやってた『detonate』やらない?」
「ああ、あれ?いいよ。今のバンドで新しく作り直せば良い感じになると思うよ。」
「よっしゃ!決まり!来週のリハで試そうや。」
『detonate』。この曲は、今後ライブにおいて最高潮にオーディエンスを盛り上げるこのバンドのキラーチューンとなる。その最終形が世に放たれるまでには、まだまだ時間を要するのだが。
5人体制のdredkingzは、ラスト1年余り。
初の東京ライブに向けて、練習を開始したのである。