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タチヨミ「星原理沙 小説集 その1」

天空の国 第3話   景清さん


山菜や焚きものを山へ採りに行くときには、岩坂山の景清さんを訪ねる。
「景清さん。今日は筍を持ってきました。もうコサン筍も終わりです。夏は花でも摘んできましょうか。秋は、木の実やらキノコやら持ってきますよ」
「心平さん、何も持ってこなくても来てくださいよ。お話でもしましょう」
「私は、話が下手で。何を話してよいか、すらすら浮かんできません」
「カニを捕ったことやら、籠を編む話をしてください」
「はあ」
「お茶を持ってきます」
景清さんは、盆に湯のみを二個載せて戻ってきた。
「どうぞ。いつものヨモギ茶ですが」
「いただきます」
  庵は木立に囲まれて、木漏れ日の柔らかな光が差している。一陣の風が谷を通り山肌を撫でて通り過ぎていく。ウグイスが鳴いている。
「こうして、葉擦れや、鳥の声などを聴いて、生き物たちの息づかいを感じていると、彼らと一つになって共に生きていると思うんですよ。岩坂山に住んで良かった」
静かに、そして静かに茶を飲んだ。
「このヨモギ茶は、うまいですね。腹の具合が良くなって、飯がうまいです」
「気に入りましたか。心平さん、心平さんは忙しいから、ヨモギ茶は私が作ってあげますよ。時々、取りに来てください」
「はい、ありがとうございます。田植えが終わって少しは楽になりました。田んぼは今、青々として稲は元気に育っています。晴れの日が多く気持ちが良いのですが、干ばつが心配です」
「いやいや、心平さん、池内は、下北にあるため池のおかげで干ばつにはなりません」
「そうなんですか」
「あの池は、まだ荘園が整っていないころ、百済から渡来人がやってきて造った池です」
「百済ですか」
「大宰府は、ご存じか」
「はい」
「大宰府から、日向を開拓するために役人がやってきたんだが、その中に百済の人がいました。百済の国は大宰府から海を渡った遠い国です。海の向こうの百済からやってきた人たちは、干ばつなどの難問を解決する知恵と方法を用いて、ここを豊かなところにしてくれました。まだ、穆佐城ができるよりずっと前の話です。奈古神社ができたころかもしれない。それ以来池内は、干ばつ知らずなんですよ」
「豊かな土地ですね。この辺りには横穴墓や貝塚も多いですけど、古代から人が多く住んでいたんですね」
それから、景清さんは、もう一杯、お茶を注いでくれた。私はそれを飲み終えると、土産にヨモギ茶をもらって山を下って行った。

 田んぼの稲は、青々と高く成長し、風に波打つほどになった。昼は、蝉が夏の日差しに負けない激しさで鳴き、夏を余計に熱くしている。小さな畑で大豆が実ったので、岩坂山の景清さんに届けに行こう。岩坂山への道は慣れて、どこに山菜があり、キノコがあり、キイチゴ、アケビ、山芋、どこに何が生えているかすっかり覚えた。岩坂山の帰りには下りながら焚きものを拾って帰れば、それで夕飯の支度に必要なものが全部揃う。そして、観音様にお参りし、景清さんと話すこともできる。
 山道から分け入った細い道を行き空を覆い隠すように茂る木の葉を見上げて石段を上ると小さなお堂がある。読経の声が聞こえ、景清さんは千手観音に祈りを捧げていた。私は、音を立てないよう静かに祈りの終わるのを待った。千手観音は景清さんを見つめて景清さんの心を聞いている。その手の一つは、ある悲しみから、また一つの手は、ある苦しみから人を救おうとしている。私もいつしか手を合わせ目を閉じ、読経に耳を澄ませた。読経が終わり目を開けると、景清さんは千手観音に頭を下げたままでいる。ようやく頭をあげて向き直ったところに声をかけた。
「景清さん、こんにちは」
「おお、心平さん、来ていたのですか」
「はい、私もお経を聞いておりました。豆を持ってきました」
「なんと、豆ですか。私の大好物です。ありがたい、ありがたい」
「景清さん、釜を貸していただければ茹でます」
「それはそれは、そうしてもらえれば助かる。なにぶん目が見えないので汚れておるが、こっちですよ」
案内された土間は、目の見えない人が使っているところと思えないくらいきちんとしていた。釜に湯を沸かし、今日食べるほどを茹でた。茶の湯も沸かしておいた。いつものように、庵で茶を飲み、豆をつまんで食べた。
「お努めの邪魔ではなかったですか」
「いや、ちょうど終わったところです。日に何度も一日中、そして毎日読経をします。今日は心平さんも一緒に拝んでくれたから観音様は喜んでますよ」
景清さんは、観音様のことを話てくれた。私は、池内の様子や出来事を話した。いつものように日の明るいうちに、ヨモギ茶をもらって山を下りて行った。家に帰ると、山芋で団子を作って食べた。縁側で横になり涼みながら月を見ている。そうだ、今度は小さな花を挿す籠を編んで景清さんにあげよう。そうしよう。次の日から花籠を編み始めた。竹の表面の青い皮をはいで作った竹ひごを、さらに細く割いて、細かい編み目で丁寧に作っていく。今度、焚きものがなくなるまでにできればいい。



連載始めます。時は南北朝時代。自然と共にささやかな暮らしを営む農夫である主人公が戦に巻き込まれていく物語です。まずは、主人公心平の大切にしているささやかな暮らしをご覧ください。

                             星原 理沙


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