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博士進学を迷う君に。企業研究職キャリアとして博士は役に立ったのか。
私はこれまで修士卒で企業研究職として就職し、退職後博士を取得した。ポスドクを経験した後、アカデミックキャリアと迷いつつも企業研究職として2社を経験している。このようにフラフラしている私が博士の学位の必要性について所感を述べてみたい。
博士進学者は少ない
まず前提として、旧帝大といえど、修士後にそのまま博士に進学する者はかなり少ない。体感で5%くらいだろうか。
実際の博士課程在籍者は他大学からの外部進学者や外国からの留学生がほとんどだ。日本の研究力低下が叫ばれて久しいが、研究室の主力である博士の数の低下は深刻な問題であると思う。
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修士の方が就職しやすい
では研究者を志す彼ら彼女らが博士課程に進学しない理由はなんだろうか。それは現状、企業の研究職としては修士で入る方が簡単で、博士を取るメリットが少ないからだと思う。
もちろん製薬企業は博士じゃないと研究職としては採用されにくいといった業種別の違いはある。
それでもみんなが知っている化学メーカーや電機メーカー、食品メーカー等では大半が修士卒である。そういった企業では研究所長のような研究のトップが修士卒であることも少なくない。グローバルでの交渉時に研究のトップにはPh.Dを持っておいてほしいところだけど。
さて、そもそもなぜ(日本の)企業は研究力のある博士ではなく、修士を採用するのだろうか。博士号が必ずしも研究力を担保できていないからであると思う。
博士は医師免許とは違い、客観的な基準はない。投稿論文の数のノルマがある場合もあるが、ある意味主査となる指導教官がオーケーを出せばそれで良い風潮だ。
また、使えない向いていない博士学生ほど出て行って欲しいという側面もあるため、過剰にサポートすることもある。その結果、世の中には博士なのに修士よりも研究できない人や論文を自力で書けない人もいる側面がある。
企業が修士より博士を優先して採用しないのは、博士だからといって優秀とは限らないという経験からくるのかもしれない。
その結果、会社としては修士をたくさん雇い、その中から優秀な人材に博士を取らせるという方が合理的な選考法になる。
また、優秀な博士であっても、業務内容が修士卒と、変わらずオーバースペックになっているという面もある。マネージャーや組織が博士を使いこなせない場合も多いのではないか。
従って、博士での就職活動は、数少ない大企業のポジションの取り合いになったり、スタートアップのようなポジションを見つけたり、修士に比べるとけもの道である事が多い。
中長期的にはジョブ型雇用が広がる風潮もある背景の元、IT分野を始めて博士採用が増えていくと期待している。ただし、その際は日系企業より外資系の方が良いのではないか・・という気はしている。
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経済面で博士のメリットは少ない
経済面からも欧米のように博士のメリットが大きいようには見えない。博士学生は採択率20%(申請しない人もいるため実際はもっと低倍率?)の学振DC1を取れたとしても、全国一律月20万円の給与で、そこから授業料や保険料を支払わなければならず、まさにドブラックである。一方、DC1が取れるレベルの学生が修士卒で就職すると一年目でも300-400万はもらえる。
つまり、修士卒との年収差は倍くらい異なり、それが3年間分にもなると400-500万くらいにはなってしまう。授業料が免除にならない場合、さらに150万円ほど上乗せされる。
では、博士を取得して入社してこの差を埋められるだろうか。GoogleのようなIT企業であれば、十分ペイするかもしれない。
しかし化学系であれば、ここまで待遇に差が生まれるとは考えにくい。さらに、優秀な修士入社の方が先に出世するのが現状だと思う。
もちろん、博士の方が優秀で出世しやすいとの意見もあるだろう。ただ、個人的にはその人が出世したのは優秀だからであって、博士を取ったからではないと思う。
おそらく同じ人物が修士で入っていても出世しただろう。少なくとも日系企業では、出世するのに博士必須なことは少なく、それよりも社内での実績の方が大事だ。
最も出世するのは、修士で入って、社会人博士を取らせてもらった層であろう。
私が博士をとって今思うこと
最近の学生はネット等でこういった情報を簡単に仕入れている。さらに同じ研究室の博士学生が苦しんでいるのを見たりすることで、博士進学者は減少していると思われる。
私自身も修士の時は博士なんか行ってもペイできないとあっさり修士で就職した口だ。
なんだったら教授達の開催する博士進学を薦める説明会で合理的な理由を教えてくれと教授に詰問し、研究力が上がるとかグローバルスタンダードとかのふんわりした理由しか得られず、修士卒の企業研究職をバカにしすぎだろうと落胆したことを覚えている。
そんな私だが、結局、修士卒で就職した企業をあっさり退職し、博士進学をした変わり者でもある。
その理由はまた別のところに書こうと思うが、結局博士をとって良かったか?と聞かれるとYESと答える。
博士を取って良かったと思う理由
転職・就職先の幅が広がる
近年、企業が研究所を維持できなくなってきている。また、技術の移り変わりが早く自分の専門分野が急速に廃れていくこともあり得る。そういう場合に転職を助けてくれる効果はあると思う。
上記で述べたように日系企業にいる限りそこまでメリットを感じにくいが、外資系では話が異なる。外資系での研究職には博士が必須な事が多く、セールスエンジニア等の不要な場合でも博士の有無で圧倒的な差がある場合が多い。
安定性や日本における研究活動の立ち位置は日系の方が優れているかもしれないが、待遇面では外資系の方が良い場合が多い。外資系もキャリア設計に入れる場合は、博士はあった方が得である。
明確な実績が得られる
20-30代前半に明確な論文や特許等の成果を公表する事ができることも大事な点だ。
修士卒で入社するとやったことのない研究分野を担当させられ、対したサポートも受けられず、手探りで進めていく必要があるも多い。
学会発表や論文発表、特許出願が推奨されていない場合、いくら研究がうまくいっても社外から見ると何もしていないことになる。
そのまま、30代、40代とすぎていくと、自分の軸のようなものがなくなってしまう。なんらかの成功体験を積んでおかないとマネージャーにはなりにくいし、なったとて後身の育成がしにくいと思う。
そういう意味では、博士の学位の取得は、範囲は狭いかもしれないが、瞬間最大風速で世界No. 1となることの証明である。
研究能力の向上
博士を取得する過程において、論文を書いたり学会発表したり、研究をまとめるといった経験が積める。このことは研究能力を端的に向上させていると思う。
一度まとめる経験をしておくと、次のテーマの進み方が格段にうまくなっていると思う。
また、ほとんどの場合研究はうまくいかない。そんな泥沼状態から這い上がる経験をしているのも大きい。
学位へのコンプレックス脱却
優秀な修士卒の社員ほど、博士へのコンプレックスがある気がする。自分より仕事のできない社員が博士だったりすると、コンプレックスに感じてしまうのだろう。
その結果、社会人博士を希望したり、論文博士を取ろうとしたりするのを見てきた。しかし、サラリーマンである以上、取りたいからといって取らせてもらえるとは限らない。特に主力級人材だと業務の調整も必要なのだ。
私自身も、事業撤退が決まった暇な部署の同期が社会人博士に行くのを見つつ、自分にはチャンスないなと思い、早々に退職してしまった面もある。
30代、40代となるにつれて、学歴よりも実績が大事になってくる。学位に憧れがある人ほど、コンプレックスがおきくなりやすいので、若いうちに取った方が良いと思う。
最初のラボでは、博士は足の裏の米粒とよく言われていた。取っても食えないが、取らないと気持ち悪い。確かに言い得ていると思う。
結論
私なりの結論だ。
博士を取ることは企業研究職キャリアとして、長期的にはメリットになり得る。
就職難易度は上がるが、化学系においては企業への就職も比較的しやすい。
ただし、博士取得は経済的にも難易度的にも大変ではあるので、迷うくらいなら修士で就職する方が無難である。
学位への憧れがあり、コンプレックスになりそうな人は、入社してからの社会人博士といった不確実なものを目指さず、さっさと取った方が良い。
最後に
自分も企業に行くかアカデミアに行くかで迷った時に参考になった本を紹介する。日本IBM東京基礎研究所所長が書いた本で、グローバルでの研究者を目指す若い方にはぜひ読んで頂きたい。
追記
後日、下記のツイートを発見した。分野は違うものの、首がもげるほどうなづいたのでこちらもぜひ読んで頂きたい。
「博士卒の企業就活が塩辛いんじゃないか話」が話題になってるので、大手企業のグローバルで研究者をしている私が『博士卒の企業就活をホンネ100%で考察』します。あくまでも私個人の意見ですし、かなりキツめの表現になってるので、嫌な人はスルーしてください。…
— Dr. すきとほる | 疫学専門家 (@iznaiy_emjawak) February 8, 2024
ちなみにこの方、企業研究者で30歳前半、1,800万円という超すごい実績です。Googleとかではなく、製薬も夢があるんですね。
控えめに言ってもしょうがないので全力で自慢しにいくと、800万円のジュニアスタッフで入社し、4年間で2回昇進、年収1,800万円に、優秀者向けの特別ボーナスは全年獲得、そして最終的にはグローバル所属となりました。30歳前半の企業研究者としてはおそらくトップランナーになれたと思うのですが、これは私が優秀なわけではなく、単に疫学という専門性の時流が良かった、そして企業での勝ち方を知っていたというだけです。
先日、製薬企業の最終出社日でした。退職日はもう少し先ですが、それ以降はmMEDICIのCEOとして「一流の知のプラットフォーム」を創り、教育格差の打破・研究者の経済状況改善に邁進します。思えば製薬企業に入社したのは4年前でした。働いていたのは製薬部門の時価総額で世界1位・2位の会社で、「エク… pic.twitter.com/YqgoVrZBIa
— Dr. すきとほる | 疫学専門家 (@iznaiy_emjawak) August 19, 2024