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いまさら聞けない「フューチャーファンク(Future Funk)」って何?
いまさら聞けない「フューチャーファンク」
こんにちは、KINZTOのDr.ファンクシッテルーです。
ここでは音楽にまつわる話を分かりやすく解説したり、また深堀りしています。私はファンクの専門家なので、今回は新しいファンクをテーマにしたいと思います。
「フューチャーファンク(Future Funk)」です。
最近、シティポップが世界的に大ブームですよね。
シティ・ポップとは、1970~80年代に日本で流行したポップミュージックのジャンルの1つです。代表的なアーティストとしては、山下達郎、竹内まりや、大貫妙子、大瀧詠一らがよく挙げられます。
(中略)ソウルやディスコ、ロックにジャズと、様々な音楽的要素を取り入れているため、音楽的なルールよりは、「こういった感じ」といったムードを指すことが多いです。
2022年1月、ザ・ウィークエンドがシティポップの曲、亜蘭知子の「Midnight Pretenders(1983)」をサンプリングしたことは大きな話題となりました。それだけでなく、現在、多くの国でシティポップが聴かれており、支持されています。
フューチャーファンクは、現在のシティポップブームが始まる大きなきっかけを作ったジャンルです。
フューチャーファンクがなければ、2022年にザ・ウィークエンドがシティポップをサンプリングすることもなかったかもしれない…
それくらい、現在の音楽市場に大きな影響を与えているジャンルです。
ですが、まだ知名度も低いし、よく分からないこと、多いですよね?
例えば、フューチャーファンクでYouTubeを検索すると、なぜかこのような、日本のレトロなアニメが使われた曲ばかりヒットします。なぜ、こんなことになっているのでしょうか?
今回はそれらを解説しますので、この記事を通してフューチャーファンクに詳しくなっていただければと思います。
フューチャーファンク入門になるように、重要アーティスト、サウンドの特徴、誕生のきっかけや現在の動向、オススメのプレイリストなどもまとめてありますので、ぜひ最後までご覧ください。
それでは、始めましょう!
フューチャーファンクとは
まずは、フューチャーファンクとは何か?
現在のフューチャーファンクに明確な音楽的定義はないのですが、ジャンルとして形成された2013~2015年ごろは
「シティポップのサンプリングに、ダフトパンク風のアレンジをしたハウスミュージック」
という音楽でした。(ダフトパンクは93年に結成、2021年に解散したハウスのグループです。これについては後述します)
フューチャーファンクの第一人者、このジャンルを牽引する重要人物、Night Tempo(夜韻)の動画を観ていきましょう。
これがフューチャーファンクとして最初に世界的に有名になった動画で、2016年、YouTubeのArtzie Musicチャンネルにアップロードされたものです。
この動画がまさにフューチャーファンク、フューチャーファンクを知りたければこの動画を観ろ、というぐらい、重要な作品です。
これは竹内まりやのシティポップ、「Plastic Love(1984)」がそのままサンプリングされ、使われています。
フューチャーファンクでのサンプリングは曲の一部をループさせるやり方ももちろんありますが、曲全体をそのまま持ってきて、ドラムを足したり、より踊りやすいようなアッパーなサウンドに変えてしまって完成とするケースも多いです。
Night Tempoの「Plastic Love」も同じで、曲全体を持ってきて、テンポを上げて、その他にもいろいろいじってダフトパンクのようなサウンドにアレンジしています。
このように「シティポップの曲を」「ダフトパンクアレンジ」して完成したフューチャーファンクの曲は、数多く存在します。前述のように2013~2015年ごろはほとんどの曲がそういった内容で、シティポップでなければディスコをサンプリングするなど、その場合でもサウンドは似た仕上がりになっていました。
■2013年 山下達郎の「LOVE TALKIN'(Honey It's You)」を使用👇
■2014年 秋元薫の「Dress Down(1986)」を使用👇
■2015年 木村恵子の「電話しないで(1983)」を使用👇
■2015年 George Dukeの「Reach Out(1983)」を使用👇
初期のフューチャーファンクの曲は、かなりの曲がArtzie Musicチャンネルにアップされ、そこから人気になっていきました。先ほどのNight Tempoの「Plastic Love」もArtzie Musicチャンネルで公開されて火が付いたものです。
フューチャーファンクの重要アーティストが多数関わったチャンネルであり、シーンの中心は、このYouTubeチャンネルにあったと言っても過言ではありません。
ダフトパンクからの影響
フューチャーファンクのサウンドと、ダフトパンクは切っても切れない関係にあります。
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ダフトパンクは1993年にフランスで結成されたデュオ。70~80年代のアメリカのディスコ/ファンクを主にサンプリング、それらを分解して新たなグルーヴを作り出し、「One More Time(2001)」などのファンキーなハウスで世界的に有名なりました。
彼らのジャンルは大きく見ればハウスなのですが、フレンチハウス、フレンチエレクトロ、フィルターハウスとも呼ばれています。
このあたりのサウンド。つまり、
・ショワショワしたサウンドとファンキーな4つ打ち
・短いフレーズの繰り返し
・音が遠くなったり近くなったりするエフェクト(フィルター)
あたりがダフトパンクの特徴で、それらはそのままフューチャーファンクのサウンドに受け継がれています。
2013~2015年頃にフューチャーファンク創成に携わった、マクロスMACROSS 82-99や、Night Tempoも、
ダフトパンクと自身のオリジナリティを結び付けてフューチャーファンクを作ったと語っています。
(筆者注:MACROSS 82-99のインタビュー)
DTMを始めた経緯を教えてください。
マクロスを始める前にもいくつか音楽プロジェクトというかバンドを実はやっていて。ギター、ドラム、ベース、なんでもプレイしていたんだよね。その頃の僕はDaft PunkやJusticeとかのフレンチ・エレクトロ〜ディスコっぽい音楽を聴いていたこともあって、それらにとてもインスパイアされた感じの音楽をやっていたんだけど、しばらくしたらもっと彼らのような、よりダンサブルな音楽に近づきたくなったというか、バンドよりもプロデューサーとして音楽をやりたくなったんだ。そこからラップトップを買って、Daft PunkやJusticeの音楽をサンプリングして作曲を始めた。彼らの音楽は僕がサンプリングで音楽を作っていくにあたってもすごくお手本になったよ。
—PCを使って音楽を作りだした最初の頃から、今のようないわゆる”Future Funk”と呼ばれるようなサウンドだったのでしょうか?
いや、違うね。マクロスをやる前はさっき話したようにフレンチ・ディスコの影響を受けていたから、そういった感じの曲を作っていたんだ。もっと踊れる90’sのダンスっぽい感じの曲だね。でもそのうち、そういった曲を作ることに飽きちゃったんだ。同じようなメロディーの繰り返しだから、簡単過ぎたんだよね。それがマクロスとして今のような音楽スタイルを始めたキッカケかな。DTMを始めた当初はサンプルをベースとしたディスコ、ハウス(筆者注:これはダフトパンク・サウンドのこと)のプロデューサーになりたかった。そしてその後Vaporwaveにガツンとやられた。その2つの要素を足してみた結果がFuture Funkという今の音楽スタイルに結実したんだ。
(筆者注:Night Tempoのインタビュー)
ーキャリアの初期はDaft Punk周辺に代表されるディスコをサンプリングした直球のフィルターハウス的な曲も制作されていた印象があります。現在のような昭和歌謡を取り入れた曲を制作するようになったきっかけは?
N:僕がフューチャーファンクを始めた頃にはすでに活動していたプロデューサーたちがいました。当時の彼らはニューミュージックなどをサンプリングしていましたが、僕は様々な昭和歌謡を聴いてきたこともあって、原曲の良さも理解しているつもりだったし、Daft Punkも角松敏生も好きだったので「もし、Daft Punkがその時代に角松敏生などシティ・ポップのミュージシャンたちと一緒に曲を作ったとしたら?」ということを考えた結果、自分でフューチャーファンクを作り始めることになりました。
最初に作ったのがWinkの「Special To Me」(筆者注:2015年に発表)で、そのあとはニューミュージック系の曲や昭和アイドルの曲、自分が好きなMichael Jacksonをフューチャーファンクにしてみました。僕は小さい頃から父の影響でファンキーなソウルミュージックやイタロディスコを聴いて育ったので、欧米のディスコミュージックもサンプリングしていたんです。
彼らだけではなく、Desired、Yung Baeなど、フューチャーファンクのジャンル形成に携わったアーティストは、ほとんどがダフトパンク(などのフィルターハウス)に直接的な影響を受けています。このあたりの動画も、かなりその影響が分かりやすいです。
ダウトパンクはハウスですが、ディスコ/ファンクの曲を数多くサンプリングしたことから、ファンクの歴史的にも非常に重要なアーティスト。
フューチャーファンクはそのダフトパンクを引き継いでいるという点でも、その音楽のルーツには確実にファンクがあります。フューチャーファンクは、ちゃんとファンクを名乗るだけの背景を抱えているのです。
―フューチャーファンクという言葉はどこからきたのですか。
Night Tempo:これは適当です。コミック作品『AKIRA』の未来的なイメージから浮かんだ「フューチャー」というワードに、ぼくにとっての達郎さんのイメージである「ファンク」を合わせた造語です。外国人が思うかっこいい言葉を適当につけて、仲間内で使っていたら定着していきました。
フューチャーファンクを命名したのはNight Tempoとその仲間たち。適当に名付けたと語られていますが、私はこの命名は、結果的に非常に示唆に富んだものだったと思います。
現在進行形のファンク、つまりコンテンポラリーファンクが、ヴォルフペックのミニマルファンクだとするならば、
辿り着けない未来に存在するファンク、つまり「もし、ダフトパンクがシティ・ポップのミュージシャンたちと一緒に曲を作ったとしたら?」というハウス=ファンクは、フューチャーファンクと名付けられるのが相応しい。そんなふうに私は思います。
なぜ日本のアニメが使われているのか?
最初にも書きましたが、ここまで紹介してきたフューチャーファンクの動画には、そのほとんどに日本のレトロなアニメが使われていたのが分かると思います。
Night Tempoの「Plastic Love」も、セーラームーンから、土萠ほたる(セーラーサターン)の映像が使われていました。
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なぜアニメ?しかも日本のレトロなアニメなのでしょうか?
これは、
①フューチャーファンクが「ヴェイパーウェイヴ」というジャンルから誕生した
②Artzie Musicチャンネルがフューチャーファンクシーンの中心だった
ことが大きく関係しています。
順番に解説していきますね。
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ヴェイパーウェイヴは2011年頃に有名になった、サンプリングを主体としたコラージュ文化の音楽でした。
ヴェイパーウェイヴは2011年頃を境に音楽ダウンロード販売サイトBandcampやソーシャルメディア/掲示板サイトRedditなどを中心にオンライン上で活性化してきた。
その音楽的特徴としては、ラウンジミュージック(ホテルのラウンジでかかっているような心地いい音楽)、スムーズジャズ(聞き心地を重視したイージーリスニングなジャズ)、エレベーターミュージック(デパートで流れる業務用BGM)といった80年代~90年代のムード音楽をサンプリング&加工(スクリュー、ループ、ピッチ変更)させたスタイルが第一に挙げられる。
一言でいえば、80~90年代の商業BGMを実験音楽の手法で再構築したのがヴェイパーウェイヴといえよう。
2011年頃のヴェイパーウェイヴでは、80年代のシャーデーやダイアナ・ロスなどのR&B、またスムースジャズ、ラウンジミュージックなどがサンプリング元として使われていて、シティポップはその対象外でした。
ここで重要なのは、ヴェイパーウェイヴは音楽と映像の両方でサンプリングをするジャンルだったということです。
同時に、ヴェイパーウェイヴはサウンド面だけでなくビジュアルイメージも重要な役割を担っている。一昔前の3Dグラフィックス、初期のインターネットやビデオゲームのイメージ、ニューエイジ、アニメ、ギリシャ彫刻、直訳調の奇妙な日本語など、こうしたヴェイパーウェイヴで用いられる80年代~90年代のノスタルジックなイメージは「A E S T H E T I C (美的)」と名付けられている。
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ヴェイパーウェイヴでは「現代のコンピュー」のように、不完全な訳の日本語をタイトルや曲名に使うネーミングが散見され、このセンスはフューチャーファンクにも受け継がれていきます。
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ヴェイパーウェイヴは80年代へのノスタルジーから、80年代周辺の曲と、レトロなビデオテープの映像をサンプリングして完成していました。ですが、全体的に曲のテンポは遅く、ダークなサウンドで、映像もちょっと奇妙なイメージを与えるものが多く、簡単に言うと「ネットの闇」を感じる、ちょっと怖い作品が多かったと言えます。
それを経て、2013年ごろに派生系として登場したのがフューチャーファンク。ヴェイパーウェイヴが音楽と映像をサンプリングしたように、同じような手法を使って、内容をもっと明るくてポップなものに変えていったのがフューチャーファンクです。
(これらの音楽はよく混同されていますが、Night Tempoも語っているとおり、今ではまったく別の音楽になりました)
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単純にVaporwaveよりもFuture Funkの方が踊れてハッピーなサウンドだよね。だからこそ、Future Funkの音楽は急激にポピュラーになったんじゃないかな。難解だったり悲しい曲を聴くよりも、踊れて楽しい方が誰でもいいよね。(マクロスMACROSS 82-99)
ーNight Tempoさん自身は、Vaporwaveからどんな影響を受けましたか?
Night Tempo:既存の音楽をサンプリングして、遅くしたり、ねじ曲げたり、自由に加工してユニークな表現をするところですね。そこに風刺的なメッセージを込めるのがVaporwaveの特徴ですが、Future Funkはもう少しポップな感じで。
(筆者注:フューチャーファンクの重要アーティスト、「悲しい Android - Apartment¶」のインタビュー)
Future Funkはvaporwaveとはかなり違ってきています。どちらもスタイルとしてインターネットカルチャーに関連はしていますが。イメージやサウンドはまったく違います。音楽的には、vaporwaveはFuture Funkの真逆です。低いトーンでスローな曲、すべてがとてもゆっくりです。Future Funkはきびきびしていて速い、真夜中に120kmで走っているオープンカーが巻き起こす風みたいな。
このSaint Pepsiの「Skylar Spence(2013)」は、曲は山下達郎の1982年のファンキーなシティポップ「LOVE TALKIN'(Honey It's You)」がサンプリングされており、全体の明るい雰囲気からも、ヴェイパーウェイヴというよりはフューチャーファンクに近いものだと思います。
Saint Pepsiは、ヴェイパーウェイヴとフューチャーファンクを繋いだ重要なアーティスト。しかし、この2013年時点では、まだ動画は実写で、アニメではありません。映像のサンプリングは、ヴェイパーウェイヴの手法のままでした。
ここで登場するのが、Artzie Musicチャンネルです。
Artzie Musicチャンネルは、ヴェイパーウェイヴ時代から多数のアーティストの楽曲に映像を付けてアップロードし、シーンの成長に貢献してきました。
フューチャーファンクが誕生すると、初期の重要アーティスト……Saint Pepsi、Yung Bae、Harrison、Vantage、悲しい Android - Apartment¶、コンシャスTHOUGHTS、Flamingosis、マクロスMACROSS 82-99、そしてNight Tempoなどの曲をアップロードしていきます。
そしてその時に、サンプリングする映像を、日本のレトロなアニメにしていくのです。
ヴェイパーウェイヴが持っていた80年代へのノスタルジーというのは変わらず、対象を当時の日本のアニメに限定し、ポップなイメージを付けていく流れでした。
ここで面白いのは、初期のフューチャーファンクの重要人物に、日本人は1人もいなかった、ということです。Night Tempoは韓国、マクロスMacross 82-99はメキシコ、悲しい Android - Apartment¶はイタリア出身でロンドンのアーティスト。
そして、その中心にいたArtzie Musicも、アメリカのYouTubeチャンネルでしたが、彼らは日本のシティポップをサンプリングし、日本のアニメを使っていきました。
この背景には、フューチャーファンクのシーンでバブル期の日本文化が高く評価されていたことがあります。もちろん、当時の日本のアニメもその対象になりました。(マクロスMacross 82-99など、実際に当時のアニメから名前を取ってしまうアーティストもいたほどです)
特にそれらの中でも、セーラームーンは象徴的な存在で、フューチャーファンクのアーティストが多くその影響を公言していることからも、サンプリング元に選ばれやすかったのではないかと思われます。
実際にNight Tempo、マクロスMacross 82-99、Desiredなどで結成された、フューチャーファンクのアヴェンジャーズ的なグループも「Sailor Team」と名乗って活動しているほどです。
ーNight Tempoさんと日本のカルチャーといえば、『美少女戦士セーラームーン』も大好きだそうですね。インターネット上で出会ったアーティストたちと「Sailor Team」というチームを結成して、世界各地で音楽イベントを開催していると聞きました。
Night Tempo:「Sailor Team」は、もともと私とMacross 82-99の2人でつくったチームなんです。2人とも『美少女戦士セーラームーン』が好きというのもありつつ、「世界を一緒に旅しながら、Sailing(帆走=インターネットの海から出航)しよう」という意味を込めて名付けました。メンバー全員がインターネットで出会った友人でしたからね。
結果的にこのArtzie Musicチャンネルによる、レトロなアニメをサンプリングした動画がフューチャーファンクの定番スタイルとなり、Night Tempoによる2016年の「Plastic Love」へと繋がっていきます。
ちなみに、Artzie Musicチャンネルの特徴は、アニメの3秒くらいの映像をループさせるもの。
ヴェイパーウェイヴの時代から3秒くらいの映像をループさせる手法はありましたが、レトロな日本のアニメを3秒ほどでループさせるのは、Artzie Musicチャンネルが広めた手法です。
この手法はフューチャーファンクの広がりとともに、ローファイヒップホップなど、他ジャンルにも影響を及ぼし、今ではYouTubeのミックス動画や、ライブストリーミング配信におけるひとつの定番スタイルになりました。
シティポップとの関係
Night Tempoによる「Plastic Love」は大きな話題となり、楽曲単体の再評価だけでなく、世界的なシティポップブームに直結していきます。
こうしたフューチャー・ファンクのジャンルにおける代表的なアーティストの一人が、Night Tempo(ナイト・テンポ)だ。竹内まりや「Plastic Love」の海外でのヴァイラル的な人気を巻き起こした当事者の一人である。
彼が楽曲を手がけた「Plastic Love」の非公式リミックス動画「Takeuchi Mariya - Plastic Love (Night Tempo 100% Pure Remastered)」は、YouTubeチャンネル「Artzie Music」にて2016年3月に公開され、現在では800万回を超える再生回数(2019年6月15日現在)を記録している。
「シティ・ポップの人気は『Plastic Love』のYouTube動画から始まったと思います」
Night Tempoは流暢な日本語でこう語る。
「もともと自分の動画は再生回数もそこまで多くなかったんですけれど、2017年に原曲の動画がアップされたんです。なぜかはわからないんですが、その動画がいろんな人のYouTubeの関連動画に出るようになって、曲を聴く人が増えた。そこから他のシティ・ポップの楽曲も有名になった。自分の動画も2018年になって急に何百万回も再生回数が伸びるようになりました。今では竹内まりやさんの『Plastic love』と杏里さんの『Remember Summer Days』がフューチャー・ファンクの2大アンセムになっています」
ここでNight Tempoが言う「原曲の動画」とは、竹内まりやのオフィシャルのミュージックビデオのことではない。「plastic lover」を名乗るアカウントによって2017年7月5日にアップロードされた非公式MVのことだ。その後、著作権侵害の申し立てによって削除されたが、こちらの再生回数は2500万回を超えた(2018年6月15日現在)。
シティポップの名曲、杏里の「Remember Summer Days(1983)」をマクロスMACROSS 82-99がフューチャーファンク(ダフトパンク)アレンジした動画は、1133万回も再生されています。(2022年3月10日時点)
シティポップが人気になったのは、他にも2014年のJ・コールによるサンプリングなど、R&Bやヒップホップ方面からのラブコールもありましたが、
やはり大きな影響として、フューチャーファンクがシティポップをサンプリングしたこと、それが入口となって数多くの名曲を世界に紹介できたこと、があったことは間違いないでしょう。
(筆者注:Night Tempo)一応、「Plastic Love(のリエディット)」を初めてネットにアップしたのは僕だということになっています。最初は、友人に聴いてもらう目的でSoundCloudにアップしたところ、30万回くらい再生されて。その1年後くらいにYouTubeに原曲がアップされましたが、フューチャーファンクで「Plastic Love」を初めて知ってもらえたのがきっかけです。ほかのシティ・ポップも同様に、フューチャーファンクがきっかけで原曲が知られて、YouTubeにアップされるという流れが生まれました。
今、この界隈で流行っているのは海外の音楽ファンが運営しているシティ・ポップチャンネルですが、その音源もさっきの「Artzie Music」で流れていた曲の元ネタがほとんどです。そういうチャンネルの動画は、『きまぐれオレンジロード』とか『うる星やつら』のラムちゃんなど昔の日本のアニメのGIF動画がずっと流れているだけですが、それは「Artzie Music」から影響を受けている証拠です。
シティポップブームが拡大していく中で、それらの楽曲を探すには、Artzie Musicチャンネルにアップされた、フューチャーファンクの動画を再生するのが確実な方法だったのです。
Night Tempoを始めとして、フューチャーファンクのアーティストは、皆、シティポップの曲にとても詳しかったのですから。
(筆者注:Night Tempo)「思ったのは『やっとみんな、いい曲をいい曲だって気付いたんだ』ってことです。『みんな遅いよ』とも思ったけれど、こういうものが好きな人が欧米に多いんだったら、この時代の素晴らしい音楽をもっと掘って聴かせてあげられると思ったんです。この現象を見て、自分がもともと好きなことをやろうと決心しました。僕はもともと昭和のレトロな音楽や文化をキュレーションする役割をやりたかった。そのモチベーションが高まったんで、もともとやっていた仕事をやめて、こうした音楽活動に本腰を入れて進むことになりました」
Night Tempoはシティポップを紹介するアーティストとしても確固たる地位を築いて、今ではシティポップの本を出したり、DJでシティポップ(フューチャーファンク)を流して多くの人を踊らせています。
昭和の音楽でLAの2000人が合唱する不思議な世界線に僕らは生きています。 pic.twitter.com/YSjlwzT0xL
— Night Tempo 夜韻 (@nighttempo) November 21, 2021
N(筆者注:Night Tempo):日本は音楽シーンにしても“閉じている”イメージが強く、ガラパゴス化している面があると思っています。日本の中にいると“日本はすごい”というイメージがあるかもしれません。でも例えば、K-POPは世界で認知されている一方、J-POPはほとんど知られていない。仮に知られていたとしてもPerfumeやきゃりーぱみゅぱみゅなどごく一部のアーティストのみ、もしくは一部のゲームやアニメファンだけが知っている。今まではそんな状態でした。
でも今は日本のシティ・ポップが海外の音楽好きにちゃんと届いています。昔のミュージシャンが自由に活動していた頃の音楽は本当に素晴らしく、だから海外でも魅力的な音楽として受け入れられているんだろうと思うんです。そう考えると、僕ももっと自由に音楽を作ってもいいんじゃないかなと思えてきます。
例えばヒップホップによってそのサンプリング元のファンクやジャズに注目が当たるなど、サンプリングを行なった側が、サンプリング元をフックアップする、という現象は、音楽の歴史で数えきれないほど繰り返されてきました。
こういった場合、その両者の関係は基本的にとても良好で、お互いがお互いを支えながら歩んでいくことになります。
フューチャーファンクとシティポップも非常に良好な関係性ですし、そして次に紹介するように、その結びつきはますます強くなっているのです。
現在のフューチャーファンク
実はフューチャーファンクはここまで語ってきたように、サンプリング文化の音楽だったので、著作権の問題が常に存在していました。
Artzie Musicの動画に使われたアニメはすべて無許可でサンプリングされたものですし、楽曲も同様です。
(こうした著作権を無視したコラージュ文化が栄えたのは、当時のネットでは世界中で起こっていた現象で、日本でもニコニコ動画などが良い例だったと思います)
こうした状況に一石を投じたのも、やはりシーンの牽引役であるNight Tempoでした。
Wink、小泉今日子、松原みきなど、自分たちがフューチャーファンクでサンプリングしてきたシティポップ・アーティストたちの楽曲を、公式にリミックスしてリリースするようになったのです。
こうして、2016年から2018年にかけて、Night Tempoは日本のシティ・ポップや歌謡曲を元ネタにしたリミックスをSoundcloudやYouTubeに公開していった。その中には著作権的にはグレーなもの、問題のあるものがほとんどだったが、そんな中、「我々が想像していない形でJ-POPが海外の人の視点で解釈されて世に広まっている。それがすごく面白いと思いました」と、Night Tempoに声をかけたのが、音楽出版社・フジパシフィックミュージックの三浦圭司だった。
「彼の作るリミックスには愛があると思うんです。そして、音楽出版社として、楽曲の再開発をするというミッションもある。だったら彼に80年代の埋もれている自社の管理楽曲を掘り起こしてもらう作業をお願いできるかと思って、管理している楽曲のリストを渡して選んでもらいました。そこからWinkのリミックスを公式にお願いすることになりました」(三浦)
Winkと言えば、Night Tempoが2015年に最初にフューチャーファンクとして発表したのも、Winkの曲でした。
ーグレーな面もあるけれどもそういった要素がクリエイティヴをドライヴさせて、新しいカルチャーを生み出し進化させることもあり得るということですね。
N(筆者注:Night Tempo):そうですね。リエディットの発信がなかったら、今のように世界中の若者がシティ・ポップに親しむようなことはなかったかもしれません。
著作権がグレーだった世界から、シティポップブームの立役者として認められ、ついにメジャーな世界へと進出したフューチャーファンク。
こうしたNight Tempoがリリースしている公式リミックスは「昭和グルーヴ」と名付けられています。内容的にはシティポップの名曲をダフトパンクの手法でリミックスする、つまりフューチャーファンクなのですが、
曲は完全にシティポップ、アレンジはフューチャーファンク、そして昭和グルーヴでもある、と、ジャンルの垣根がかなり取り払われてきたような印象も受けます。もはやフューチャーファンクとシティポップが、なんとなくイコールで繋がっているイメージになりつつあります。
Night Tempoはそのまま、今度はリミックスではなく、野宮真貴やBONNIE PINKなどの有名な日本の女性歌手を起用して、すべて新曲を収めたメジャーデビューアルバムをリリース。
有名な日本の歌手の歌は、昔の曲からのサンプリングが基本。そんなフューチャーファンクの壁を大きく破るような一枚で、もうジャンルで括ることなく、「Night Tempoの音楽」として聴くのが良いかもしれません。
一方で、著作権を無視し続けてきたArtzie Musicチャンネルが休止してしまったことなどもあり、フューチャーファンクシーンは、規模が縮小している傾向にあります。
ーNight Tempoさんにとってフューチャーファンクの魅力とはどのようなところにあるのでしょうか?
N:以前は決められたフォーマットがないことに魅力を感じていました。ですが今は、以前からあるスタイルをコピーするだけの曲が多く、新鮮味がなくなってしまったように感じます。シーン自体も以前と比べると縮小気味で、このシーンで活動していたプロデューサーたちの中にも活動を休止した人が増えています。そういう意味ではシーン自体の権威や求心力はなくなってしまったというのが現状の認識です。
あとは、シーンの主軸を担っていたYouTubeチャンネルの「Artzie Music」も完全に休止しているので、シーンというより各プロデューサーが個人で活動しているような印象でしょうか。
ーそれはかつてのヴェイパーウェイヴに似たような感じなのでしょうか? ヴェイパーウェイヴもブームが落ち着きだしたあと、ハードヴェイパー、ゴーストテックのような派生ジャンルが生まれ、分散していったように思います。その点を踏まえていえば、フューチャーファンクも今後、どんどんまた違う何かに派生していくことも考えらますか?
N:縮小気味とはいえまだある程度のファンを抱えているので、おそらく“フューチャーファンク”というキーワードを使いたい人は多いと思います。でも今後、シーン自体はバラバラになると思うので、その時に自分たちが自らの音楽をどうやって発展させていくかが鍵になると思います。
僕の場合は“昭和グルーヴ”をキーワードにフレンチエレクトロや昭和歌謡をブレンドした音楽を“Night Tempoというジャンル”として扱っていきたいんです。そのためにも”昭和グルーヴ”という要素をもっと前面に押し出して、“昭和”がただの元号ではなく、あらゆる昭和の雰囲気、イメージとして認知されるように自分の音楽性である「昭和グルーヴ」を今よりさらに先に進めていきたいなと思っています。
シーンの規模は縮小しているとは言え、マクロスMACROSS 82-99、Desired、Yung Baeなどの初期アーティストはまだまだ曲をリリースしています。
Yung Bae、またFlamingosisなどはもっとリラックスできるチルホップ系のジャンルに移っていったりもしていますが、
そのサウンドの核には、やはりフューチャーファンク黎明期から活動してきたアーティストとして、ファンキーなシティポップの要素がしっかりと残されています。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
最後に、おすすめのプレイリストを紹介します。
■Spotify公式 /// Future Funk
なんと、Spotify公式、Yung Baeが選曲したフューチャーファンクのプレイリストです!
ヴェイパーウェイヴに近かったり、EDMとフューチャーファンクの中間のような曲もあるので、広い意味でフューチャーファンクを感じる曲が選ばれているのだと思います。私が知らなかったアーティストも多数存在しました。
もちろんNight Tempo、マクロスMACROSS 82-99などの曲も入っていますので、現在のフューチャーファンクの姿を追うには、このプレイリストが最適なのではないかと思います。
おわりに
現代のシティポップブームはまだまだ始まったばかりで、これから市場としてさらなる飛躍を見せていくと思います。
シティポップは、ここ最近で音楽という枠を超えて、昭和レトロをテーマにしたポップカルチャーを総称する言葉になってきました。ファッション、イラスト、音楽、映画、さまざまなもので「シティポップらしさ」を感じるものが、全部シティポップだと扱われているのです。
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フューチャーファンクも、シティポップに直接的に影響を受けてスタートした音楽。もちろん、「シティポップらしさ」が多分に含まれています。
もしかしたら、大きな「シティポップ」というカルチャーの中に飲み込まれてしまい、最終的にフューチャーファンクという名前は使われなくなってしまう可能性もありますが、
それでも、フューチャーファンクは音楽の歴史に重要な役割を果たしたジャンルだったことは間違いないと思います。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
それでは、次回はこのまま、フューチャーファンクの世界をもっと深堀りしていこうと思います。
「ファンクの歴史」の著者として、ファンクの歴史から見た、フューチャーファンクの姿。
「いまさら聞けないフューチャーファンクに至る80年:フューチャーファンクはどのようにして未来のファンクになったのか」
をお届けします。👇
◆著者◆
Dr.ファンクシッテルー
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宇宙からやってきたファンク研究家、音楽ライター。「ファンカロジー(Funkalogy)」を集めて宇宙船を直すため、ファンクバンド「KINZTO」で活動。
◇既刊情報◇
バンド公認のVulfpeck解説書籍
「サステナブル・ファンク・バンド」
(完全無料)
ファンク誕生以前から現在までの
約80年を解説した歴史書
「ファンクの歴史(上・中・下)」
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