いまさら聞けない「フューチャーファンク(Future Funk)」って何?
いまさら聞けない「フューチャーファンク」
こんにちは、KINZTOのDr.ファンクシッテルーです。
ここでは音楽にまつわる話を分かりやすく解説したり、また深堀りしています。私はファンクの専門家なので、今回は新しいファンクをテーマにしたいと思います。
「フューチャーファンク(Future Funk)」です。
最近、シティポップが世界的に大ブームですよね。
2022年1月、ザ・ウィークエンドがシティポップの曲、亜蘭知子の「Midnight Pretenders(1983)」をサンプリングしたことは大きな話題となりました。それだけでなく、現在、多くの国でシティポップが聴かれており、支持されています。
フューチャーファンクは、現在のシティポップブームが始まる大きなきっかけを作ったジャンルです。
フューチャーファンクがなければ、2022年にザ・ウィークエンドがシティポップをサンプリングすることもなかったかもしれない…
それくらい、現在の音楽市場に大きな影響を与えているジャンルです。
ですが、まだ知名度も低いし、よく分からないこと、多いですよね?
例えば、フューチャーファンクでYouTubeを検索すると、なぜかこのような、日本のレトロなアニメが使われた曲ばかりヒットします。なぜ、こんなことになっているのでしょうか?
今回はそれらを解説しますので、この記事を通してフューチャーファンクに詳しくなっていただければと思います。
フューチャーファンク入門になるように、重要アーティスト、サウンドの特徴、誕生のきっかけや現在の動向、オススメのプレイリストなどもまとめてありますので、ぜひ最後までご覧ください。
それでは、始めましょう!
フューチャーファンクとは
まずは、フューチャーファンクとは何か?
現在のフューチャーファンクに明確な音楽的定義はないのですが、ジャンルとして形成された2013~2015年ごろは
「シティポップのサンプリングに、ダフトパンク風のアレンジをしたハウスミュージック」
という音楽でした。(ダフトパンクは93年に結成、2021年に解散したハウスのグループです。これについては後述します)
フューチャーファンクの第一人者、このジャンルを牽引する重要人物、Night Tempo(夜韻)の動画を観ていきましょう。
これがフューチャーファンクとして最初に世界的に有名になった動画で、2016年、YouTubeのArtzie Musicチャンネルにアップロードされたものです。
この動画がまさにフューチャーファンク、フューチャーファンクを知りたければこの動画を観ろ、というぐらい、重要な作品です。
これは竹内まりやのシティポップ、「Plastic Love(1984)」がそのままサンプリングされ、使われています。
フューチャーファンクでのサンプリングは曲の一部をループさせるやり方ももちろんありますが、曲全体をそのまま持ってきて、ドラムを足したり、より踊りやすいようなアッパーなサウンドに変えてしまって完成とするケースも多いです。
Night Tempoの「Plastic Love」も同じで、曲全体を持ってきて、テンポを上げて、その他にもいろいろいじってダフトパンクのようなサウンドにアレンジしています。
このように「シティポップの曲を」「ダフトパンクアレンジ」して完成したフューチャーファンクの曲は、数多く存在します。前述のように2013~2015年ごろはほとんどの曲がそういった内容で、シティポップでなければディスコをサンプリングするなど、その場合でもサウンドは似た仕上がりになっていました。
■2013年 山下達郎の「LOVE TALKIN'(Honey It's You)」を使用👇
■2014年 秋元薫の「Dress Down(1986)」を使用👇
■2015年 木村恵子の「電話しないで(1983)」を使用👇
■2015年 George Dukeの「Reach Out(1983)」を使用👇
初期のフューチャーファンクの曲は、かなりの曲がArtzie Musicチャンネルにアップされ、そこから人気になっていきました。先ほどのNight Tempoの「Plastic Love」もArtzie Musicチャンネルで公開されて火が付いたものです。
フューチャーファンクの重要アーティストが多数関わったチャンネルであり、シーンの中心は、このYouTubeチャンネルにあったと言っても過言ではありません。
ダフトパンクからの影響
フューチャーファンクのサウンドと、ダフトパンクは切っても切れない関係にあります。
ダフトパンクは1993年にフランスで結成されたデュオ。70~80年代のアメリカのディスコ/ファンクを主にサンプリング、それらを分解して新たなグルーヴを作り出し、「One More Time(2001)」などのファンキーなハウスで世界的に有名なりました。
彼らのジャンルは大きく見ればハウスなのですが、フレンチハウス、フレンチエレクトロ、フィルターハウスとも呼ばれています。
このあたりのサウンド。つまり、
・ショワショワしたサウンドとファンキーな4つ打ち
・短いフレーズの繰り返し
・音が遠くなったり近くなったりするエフェクト(フィルター)
あたりがダフトパンクの特徴で、それらはそのままフューチャーファンクのサウンドに受け継がれています。
2013~2015年頃にフューチャーファンク創成に携わった、マクロスMACROSS 82-99や、Night Tempoも、
ダフトパンクと自身のオリジナリティを結び付けてフューチャーファンクを作ったと語っています。
彼らだけではなく、Desired、Yung Baeなど、フューチャーファンクのジャンル形成に携わったアーティストは、ほとんどがダフトパンク(などのフィルターハウス)に直接的な影響を受けています。このあたりの動画も、かなりその影響が分かりやすいです。
ダウトパンクはハウスですが、ディスコ/ファンクの曲を数多くサンプリングしたことから、ファンクの歴史的にも非常に重要なアーティスト。
フューチャーファンクはそのダフトパンクを引き継いでいるという点でも、その音楽のルーツには確実にファンクがあります。フューチャーファンクは、ちゃんとファンクを名乗るだけの背景を抱えているのです。
フューチャーファンクを命名したのはNight Tempoとその仲間たち。適当に名付けたと語られていますが、私はこの命名は、結果的に非常に示唆に富んだものだったと思います。
現在進行形のファンク、つまりコンテンポラリーファンクが、ヴォルフペックのミニマルファンクだとするならば、
辿り着けない未来に存在するファンク、つまり「もし、ダフトパンクがシティ・ポップのミュージシャンたちと一緒に曲を作ったとしたら?」というハウス=ファンクは、フューチャーファンクと名付けられるのが相応しい。そんなふうに私は思います。
なぜ日本のアニメが使われているのか?
最初にも書きましたが、ここまで紹介してきたフューチャーファンクの動画には、そのほとんどに日本のレトロなアニメが使われていたのが分かると思います。
Night Tempoの「Plastic Love」も、セーラームーンから、土萠ほたる(セーラーサターン)の映像が使われていました。
なぜアニメ?しかも日本のレトロなアニメなのでしょうか?
これは、
①フューチャーファンクが「ヴェイパーウェイヴ」というジャンルから誕生した
②Artzie Musicチャンネルがフューチャーファンクシーンの中心だった
ことが大きく関係しています。
順番に解説していきますね。
ヴェイパーウェイヴは2011年頃に有名になった、サンプリングを主体としたコラージュ文化の音楽でした。
2011年頃のヴェイパーウェイヴでは、80年代のシャーデーやダイアナ・ロスなどのR&B、またスムースジャズ、ラウンジミュージックなどがサンプリング元として使われていて、シティポップはその対象外でした。
ここで重要なのは、ヴェイパーウェイヴは音楽と映像の両方でサンプリングをするジャンルだったということです。
ヴェイパーウェイヴは80年代へのノスタルジーから、80年代周辺の曲と、レトロなビデオテープの映像をサンプリングして完成していました。ですが、全体的に曲のテンポは遅く、ダークなサウンドで、映像もちょっと奇妙なイメージを与えるものが多く、簡単に言うと「ネットの闇」を感じる、ちょっと怖い作品が多かったと言えます。
それを経て、2013年ごろに派生系として登場したのがフューチャーファンク。ヴェイパーウェイヴが音楽と映像をサンプリングしたように、同じような手法を使って、内容をもっと明るくてポップなものに変えていったのがフューチャーファンクです。
(これらの音楽はよく混同されていますが、Night Tempoも語っているとおり、今ではまったく別の音楽になりました)
このSaint Pepsiの「Skylar Spence(2013)」は、曲は山下達郎の1982年のファンキーなシティポップ「LOVE TALKIN'(Honey It's You)」がサンプリングされており、全体の明るい雰囲気からも、ヴェイパーウェイヴというよりはフューチャーファンクに近いものだと思います。
Saint Pepsiは、ヴェイパーウェイヴとフューチャーファンクを繋いだ重要なアーティスト。しかし、この2013年時点では、まだ動画は実写で、アニメではありません。映像のサンプリングは、ヴェイパーウェイヴの手法のままでした。
ここで登場するのが、Artzie Musicチャンネルです。
Artzie Musicチャンネルは、ヴェイパーウェイヴ時代から多数のアーティストの楽曲に映像を付けてアップロードし、シーンの成長に貢献してきました。
フューチャーファンクが誕生すると、初期の重要アーティスト……Saint Pepsi、Yung Bae、Harrison、Vantage、悲しい Android - Apartment¶、コンシャスTHOUGHTS、Flamingosis、マクロスMACROSS 82-99、そしてNight Tempoなどの曲をアップロードしていきます。
そしてその時に、サンプリングする映像を、日本のレトロなアニメにしていくのです。
ヴェイパーウェイヴが持っていた80年代へのノスタルジーというのは変わらず、対象を当時の日本のアニメに限定し、ポップなイメージを付けていく流れでした。
ここで面白いのは、初期のフューチャーファンクの重要人物に、日本人は1人もいなかった、ということです。Night Tempoは韓国、マクロスMacross 82-99はメキシコ、悲しい Android - Apartment¶はイタリア出身でロンドンのアーティスト。
そして、その中心にいたArtzie Musicも、アメリカのYouTubeチャンネルでしたが、彼らは日本のシティポップをサンプリングし、日本のアニメを使っていきました。
この背景には、フューチャーファンクのシーンでバブル期の日本文化が高く評価されていたことがあります。もちろん、当時の日本のアニメもその対象になりました。(マクロスMacross 82-99など、実際に当時のアニメから名前を取ってしまうアーティストもいたほどです)
特にそれらの中でも、セーラームーンは象徴的な存在で、フューチャーファンクのアーティストが多くその影響を公言していることからも、サンプリング元に選ばれやすかったのではないかと思われます。
実際にNight Tempo、マクロスMacross 82-99、Desiredなどで結成された、フューチャーファンクのアヴェンジャーズ的なグループも「Sailor Team」と名乗って活動しているほどです。
結果的にこのArtzie Musicチャンネルによる、レトロなアニメをサンプリングした動画がフューチャーファンクの定番スタイルとなり、Night Tempoによる2016年の「Plastic Love」へと繋がっていきます。
ちなみに、Artzie Musicチャンネルの特徴は、アニメの3秒くらいの映像をループさせるもの。
ヴェイパーウェイヴの時代から3秒くらいの映像をループさせる手法はありましたが、レトロな日本のアニメを3秒ほどでループさせるのは、Artzie Musicチャンネルが広めた手法です。
この手法はフューチャーファンクの広がりとともに、ローファイヒップホップなど、他ジャンルにも影響を及ぼし、今ではYouTubeのミックス動画や、ライブストリーミング配信におけるひとつの定番スタイルになりました。
シティポップとの関係
Night Tempoによる「Plastic Love」は大きな話題となり、楽曲単体の再評価だけでなく、世界的なシティポップブームに直結していきます。
シティポップの名曲、杏里の「Remember Summer Days(1983)」をマクロスMACROSS 82-99がフューチャーファンク(ダフトパンク)アレンジした動画は、1133万回も再生されています。(2022年3月10日時点)
シティポップが人気になったのは、他にも2014年のJ・コールによるサンプリングなど、R&Bやヒップホップ方面からのラブコールもありましたが、
やはり大きな影響として、フューチャーファンクがシティポップをサンプリングしたこと、それが入口となって数多くの名曲を世界に紹介できたこと、があったことは間違いないでしょう。
シティポップブームが拡大していく中で、それらの楽曲を探すには、Artzie Musicチャンネルにアップされた、フューチャーファンクの動画を再生するのが確実な方法だったのです。
Night Tempoを始めとして、フューチャーファンクのアーティストは、皆、シティポップの曲にとても詳しかったのですから。
Night Tempoはシティポップを紹介するアーティストとしても確固たる地位を築いて、今ではシティポップの本を出したり、DJでシティポップ(フューチャーファンク)を流して多くの人を踊らせています。
例えばヒップホップによってそのサンプリング元のファンクやジャズに注目が当たるなど、サンプリングを行なった側が、サンプリング元をフックアップする、という現象は、音楽の歴史で数えきれないほど繰り返されてきました。
こういった場合、その両者の関係は基本的にとても良好で、お互いがお互いを支えながら歩んでいくことになります。
フューチャーファンクとシティポップも非常に良好な関係性ですし、そして次に紹介するように、その結びつきはますます強くなっているのです。
現在のフューチャーファンク
実はフューチャーファンクはここまで語ってきたように、サンプリング文化の音楽だったので、著作権の問題が常に存在していました。
Artzie Musicの動画に使われたアニメはすべて無許可でサンプリングされたものですし、楽曲も同様です。
(こうした著作権を無視したコラージュ文化が栄えたのは、当時のネットでは世界中で起こっていた現象で、日本でもニコニコ動画などが良い例だったと思います)
こうした状況に一石を投じたのも、やはりシーンの牽引役であるNight Tempoでした。
Wink、小泉今日子、松原みきなど、自分たちがフューチャーファンクでサンプリングしてきたシティポップ・アーティストたちの楽曲を、公式にリミックスしてリリースするようになったのです。
Winkと言えば、Night Tempoが2015年に最初にフューチャーファンクとして発表したのも、Winkの曲でした。
著作権がグレーだった世界から、シティポップブームの立役者として認められ、ついにメジャーな世界へと進出したフューチャーファンク。
こうしたNight Tempoがリリースしている公式リミックスは「昭和グルーヴ」と名付けられています。内容的にはシティポップの名曲をダフトパンクの手法でリミックスする、つまりフューチャーファンクなのですが、
曲は完全にシティポップ、アレンジはフューチャーファンク、そして昭和グルーヴでもある、と、ジャンルの垣根がかなり取り払われてきたような印象も受けます。もはやフューチャーファンクとシティポップが、なんとなくイコールで繋がっているイメージになりつつあります。
Night Tempoはそのまま、今度はリミックスではなく、野宮真貴やBONNIE PINKなどの有名な日本の女性歌手を起用して、すべて新曲を収めたメジャーデビューアルバムをリリース。
有名な日本の歌手の歌は、昔の曲からのサンプリングが基本。そんなフューチャーファンクの壁を大きく破るような一枚で、もうジャンルで括ることなく、「Night Tempoの音楽」として聴くのが良いかもしれません。
一方で、著作権を無視し続けてきたArtzie Musicチャンネルが休止してしまったことなどもあり、フューチャーファンクシーンは、規模が縮小している傾向にあります。
シーンの規模は縮小しているとは言え、マクロスMACROSS 82-99、Desired、Yung Baeなどの初期アーティストはまだまだ曲をリリースしています。
Yung Bae、またFlamingosisなどはもっとリラックスできるチルホップ系のジャンルに移っていったりもしていますが、
そのサウンドの核には、やはりフューチャーファンク黎明期から活動してきたアーティストとして、ファンキーなシティポップの要素がしっかりと残されています。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
最後に、おすすめのプレイリストを紹介します。
■Spotify公式 /// Future Funk
なんと、Spotify公式、Yung Baeが選曲したフューチャーファンクのプレイリストです!
ヴェイパーウェイヴに近かったり、EDMとフューチャーファンクの中間のような曲もあるので、広い意味でフューチャーファンクを感じる曲が選ばれているのだと思います。私が知らなかったアーティストも多数存在しました。
もちろんNight Tempo、マクロスMACROSS 82-99などの曲も入っていますので、現在のフューチャーファンクの姿を追うには、このプレイリストが最適なのではないかと思います。
おわりに
現代のシティポップブームはまだまだ始まったばかりで、これから市場としてさらなる飛躍を見せていくと思います。
シティポップは、ここ最近で音楽という枠を超えて、昭和レトロをテーマにしたポップカルチャーを総称する言葉になってきました。ファッション、イラスト、音楽、映画、さまざまなもので「シティポップらしさ」を感じるものが、全部シティポップだと扱われているのです。
フューチャーファンクも、シティポップに直接的に影響を受けてスタートした音楽。もちろん、「シティポップらしさ」が多分に含まれています。
もしかしたら、大きな「シティポップ」というカルチャーの中に飲み込まれてしまい、最終的にフューチャーファンクという名前は使われなくなってしまう可能性もありますが、
それでも、フューチャーファンクは音楽の歴史に重要な役割を果たしたジャンルだったことは間違いないと思います。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
それでは、次回はこのまま、フューチャーファンクの世界をもっと深堀りしていこうと思います。
「ファンクの歴史」の著者として、ファンクの歴史から見た、フューチャーファンクの姿。
「いまさら聞けないフューチャーファンクに至る80年:フューチャーファンクはどのようにして未来のファンクになったのか」
をお届けします。👇
◆著者◆
Dr.ファンクシッテルー
宇宙からやってきたファンク研究家、音楽ライター。「ファンカロジー(Funkalogy)」を集めて宇宙船を直すため、ファンクバンド「KINZTO」で活動。
◇既刊情報◇
バンド公認のVulfpeck解説書籍
「サステナブル・ファンク・バンド」
(完全無料)
ファンク誕生以前から現在までの
約80年を解説した歴史書
「ファンクの歴史(上・中・下)」
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