第37回全日本クラブ野球選手権大会九州地区予選優勝!
鹿児島ドリームウェーブとチーム名が変わったその年。
第37回全日本クラブ野球選手権大会球種地区予選で、全4試合すべてに接戦を制し優勝!
九州12チームのうち1チームだけに準備された全国への切符を手に入れた!!
繰り返すが、数か月前には存続すら危ぶまれたのに!
1ヶ月も練習すらできなかったのに!
たった20人の登録選手で!
このことは当時、鹿児島県内のニュースや新聞でも大いに報じられた。
KTS鹿児島テレビ
KTS鹿児島テレビさんは、これまでもチームを追って取材を続けてくださっていた。
低迷が続き起死回生を懸けたミーティングの場も、新生鹿児島ドリームウェーブの凍える初練習も、就職斡旋第一号も、すべて映像で記録してくださっていた。
そして九州No.1なんて、ちょっと出来過ぎなストーリーじゃないか!?
こちらは優勝報告の映像。
毎日新聞
毎日新聞さんは、都市対抗野球大会をはじめ社会人野球の主たる大会の主催として名を連ねる。
そのため鹿児島ホワイトウェーブとして立ち上げのころから取り上げてくださることが多かった。
もちろん鹿児島ドリームウェーブとして再出発したときも。
それから数か月での「初優勝」、なんと誇らしいことか。
南日本新聞
南日本新聞は、地元の雄。
鹿児島では南日本新聞に取り上げられてナンボ、というところが今もあるように感じる。
それだけに、たとえ小さな枠でも記事になっていると県内での認知はぐっと上がる。
「全国へ」という文字が特に躍動して感じるのは私だけだろうか。
さらに、全日本クラブ野球選手権本選に出場してから投稿された『考現鏡』には、國本代表が「これがすべて」と唸るほどにここまでの過程が簡潔かつ丁寧に描写されている。
やはり結果というのはモノを言う。
様々に報道されたことも含め、この優勝は選手たちにとっても大きな誇りになったに違いない。