時計算という芸術(聖光学院中2023)
月は約30日で地球の周りを1周することから、月の満ち欠けも約30日の周期でくり返します。すると、月は1年間で(360割る30で)およそ12回の満ち欠けをくり返すことになります。これが1年=12ヶ月であることの由来だと言われています。以来、「12」という数は古代の人々にとって特別な意味を持つものとなり、地球が1周自転するのにかかる時間を「1日」とし、それを昼と夜それぞれで12等分、合わせて24等分することにより、1日=24時間(12×2時間)という決まりが生まれたようです。
時計とは、この「12」と、12と5の最小公倍数である「60」を基準として時間を測り、時刻を表示する装置です。この2つの数はいずれも多くの約数を持つため、キリがよく美しい数と言えます。そのような数を文字盤として、「円」という「完全な図形」の上に配置した時計という装置には、その素朴な佇まいの向こう側に、深淵で途方もない宇宙を内包しているかのような、ある種の神秘性を感じます。
しかし、この一見キリよく「端正」に作られた装置であっても、その上を運動する針の振る舞いを厳密に調べると、キリのいい整数の世界だけでは片付かない、なんとも「キリの悪い」微細な運動の結果が見てとれます。時計算を解くと答えのほとんどが妙な分数になってしまうことは、中学受験生であればすでに経験していることでしょう。
今回取り上げるこの聖光学院中による時計算の問題は、「端正な」構造をそなえる時間装置と、その上を運動する3つの針の「微細な」振る舞いという、時計にそなわる二重性に真摯に向き合っています。
⑴〜⑶は難しい問題ではないので、時計算の理解度を確認するためにぜひ多くの小学生に取り組んでもらいたいです。一方、⑷だけは、かなり難しい問題なので、無理に取り組む必要はありません。しかし、たとえ答えを導けなかったとしても、取り組む過程で味わった苦労そのものが、時計のもつ二重性にじかに触れている何よりの証となりますから、ぜひ勇気をもってチャレンジしてもらいたいものです。
話が長くなりましたが、以下、解答解説です
(解)
⑴
時針の回転速度と分針の回転速度の比は1:12であるから、2つの針が重なってから再び重なるまでに、それぞれの針が回転する角度の比も1:12である。
よって、その間に分針は360×12/(12-1)=360×12/11(度)だけ回転する(のちの計算を簡単にするために、あえてここでは計算し切っていない)。
分針は1分ごとに360÷60=6(度)だけ回転するから、求める時間は
360×12/11÷6=65 5/11(分).(←ここの計算が多少楽になる)
※この手の問題でよく知られる解き方は、1分ごとに分針が時針に6-1/2=11/2(度)だけ差をつけることから、1周(360度)の差をつけるまでに
360÷11/2=65 5/11(分)
だけ時間がかかる、という差集め算の要領です。しかし今回は、⑴の答えの分母に出てきた「11」という数が重要になるので、この数の出どころがより明確になるように、上のような比を使った考え方で解きました。
⑵
1分ごとに秒針は1周(360度)だけ回転するから、⑴の結果は、すべての針が重なってから次に時針と分針が重なるまでに、秒針が65 5/11周回転することを意味する。
一方、その間に時針は1/(12-1)=1/11(周)だけ回転する。
よって、求める角の大きさは360度の4/11倍である。
(なお、大きい方の角の大きさは360度の7/11倍である。)
⑶
65 5/11分間、すなわち65 5/11×60秒間に、秒針が65 1/11周だけ回転するようにその回転速度を調整すればよい。よって、そのような秒針が1周(360度)回転するのにかかる時間は
65 5/11×60÷65 1/11=60 60/179(秒).
(⑶の別解)
⑵より、65 5/11分間に秒針の回転する角度が、従来よりも360×4/11度だけ小さくなるようにその回転速度を調整すればよい。
よって、そのような秒針が1周(60秒)で回転できる角の大きさは、従来よりも
360×4/11÷65 5/11=2(度)
だけ小さい。
つまり、60秒で358度だけ回転するということだから、1周(360度)回転するのにかかる時間は
60×360/358=60 60/179(秒).
⑷
65 5/11分間に、秒針がN 1/11周(ただしNは64以下の整数)だけ回転するように調整すれば、時針と分針が重なるときに秒針もそこに重なる。
このとき、秒針が1周回転するのにかかる時間(問題文の□にあてはまる数)は
65 5/11×60÷N 1/11=60×720/(11×N+1)(秒)(=□)
と表される。つまりこの問題の意味は、この最後の式の値が整数となるような、64以下の整数Nがあるということである。このとき、問題文の□にあてはまる整数に対して
60×720=□×(11×N+1)(←◯/△=□のとき、◯=□×△が成り立つ)
が成り立てばよい。(※このとき、(11×N+1)は「11で割ると1余る整数」を表すことに注意したい。)
これは、□が60×720の約数であることを意味する。60×720を素因数分解すると
60×720=(2×2×3×5)×(2×2×2×2×3×3×5)
(2が6個、3が3個、5が2個)
だから、□には、素因数として2, 3, 5だけをかけ合わせて作られる整数があてはまる。
また、□には60より大きく、なおかつ60にできるだけ近い整数を入れたい。
そこで、6個の2, 3個の3, 2個の5の素数だけを使って作られる、60より大きい整数を、小さい順に調べていく。(※その際の要領として、60より大きい整数で、2, 3, 5以外の素数を約数にもつものはどんどん除外していく。例えば61は素数であるし、62は31を素因数にもつため、考えるまでもなく□にはあてはまらない。)
□=2×2×2×2×2×2=64のとき、11×N+1=675となるが、675÷11=61•••4のためNは整数にならない。
□=2×2×2×3×3=72のとき、11×N+1=600となるが、600÷11=54•••6のためNは整数にならない。
□=3×5×5=75のとき、11×N+1=576となるが、576÷11=52•••4のためNは整数にならない。
□=2×2×2×2×5=80のとき、11×N+1=540となり、540÷11=49•••1となるから、N=49で整数となる。
以上より、問題文の□にあてはまる最小の整数は80(秒)である。(終)
ひとこと
⑷は大変難しい問題でした。ポイントは、□にあてはまる整数は、6個の2, 3個の3, 2個の5の素数の中からいくつかを選んでかけ合わせることで作られなければならず、なおかつ60より大きい最小の整数である、という条件によって、答えの候補をしぼり込むことでした。もし手際よく処理できれば、実際に調べなければならない答えの候補は4通りしかありませんでした。
このように、時計算の答えを、整数という「きれいな数」になるように無理やり調整しようとすると、なかなかに大変な苦労を必要とするわけです。全体の構造を「きれいな整数」によって端正に作っても、その上で生じる微細な運動の結果までを整数の範囲でコントロールすることには、意外な困難が伴う、ということを実感していただけたのではないでしょうか。