とおくのまち 22 復活の蜃気楼
そして、私はもう『れいか』を名乗ることはなくなった。
以前から、インターネットのハンドルネーム(通り名)や小説や詩を書くときに使っていたペンネームである『しずか』を名乗ることにした。
前にインターネットを通して知合った彼氏にも前から『しずか』と名乗っていたので、いつも、しずちゃんと呼んでくれていた。
ちゃんとしたニューハーフになったら、また、連絡をとろうと思っていたのだけど、あれから、時間だけが過ぎ去ってしまったね。
会社が、わりと自由が利いたので、早く終わった時や暇な時には女装ルームに通った。
わたしのことを知っているらしい女装者に出会う。本や写真で知っていたようだ。
よく日時が合致したので、話したり、いっしょに出かけたりし、友人になった。
名前は、ケイちゃん(仮名)。
しっかりしていて真面目で、いっしょに外出しても、時間管理から交通手段もきっちりとしていてすごく頼りになった。
それもそのはず、こういう趣味をしているけれど、実はエリートさんらしい。
博物館とか美術館なんかが多かったが、公園で写真を撮りあったり、
ケイちゃんとは妙に馬が合ったというのか、よく行動をともにした。
時間さえあれば、どこかに出かけていたなぁ。
わたしの女装の歴史のなかで、もっとも気楽で楽しい日々だったかもしれない。すごく落ち込んでいたこの時期に、ケイちゃんに出会えたことは、ほんとうに大切な出会いだった。今でも、いつも感謝しています。
2001年秋。
そして、自分探しの結末。とうとう見つけた自分自身の正体とは……。
ゴスロリファッションが流行る。
ゴシックロリータ。街でもそういう服装の女の子を見かけることもあった。
ふりふりした洋服やふわりとしたスカート、とてもかわいい。
そういうものを自分が身に着けたい。
やっぱり、女の子になりたかった。
自分のなりたかったものを、どこかの誰かに見つけようとしても、何かがずれている。
それは、借り物でしかない。
あきらめた何かを、だれかを見つけることで、代わりにしようとしていた。
本当になりたいもの。ほんとうの、夢。それは……。
もう、男のふりをするのもいい加減疲れた。
そろそろ、あるべき自分に……。
身体も、肌も髪も、胸も、爪先もあるべき姿になろう。
長い長い冬眠の冬から目覚める季節は来るだろうか。
夢に見た春、はじめての春、もしかするとただ一度の春かもしれない、
偽りの春ではなく本当の姿で迎える春、終わらない永遠の春。
花の種のように、蝶の幼虫のごとくに、埋もれた土の中で、
ただ佇んでいた日々。
気の遠くなるような遥か遠くに希望の光を信じ、ただ憧れ、
道化師を演じながら、もどかしい時間に耐え忍んできた。
わたしは、ただ、あの空へ舞い上がりたいだけのまだ翼を持たぬ鳥だ。
他人のふりした人生など、もういらない。
ほんとうの自分になりたい。
わたしのこころは、どこに行った。こころを捨てて生きている自分はだれ?
もう、『男』の振りなんて……やめよう。
『私』の中でなにかが壊れた。
そして、押し込めてきた『わたし』だけが残った。
※ 『れいか』、『しずか』はこの文章での仮名です。
実際には、『れいか』や『しずか』ではなく別の名前を使っていました。
※ 年代や場所、人名は、実際の名称とは変えている場合があります。