
恋愛小説『先輩、僕はまだ恋を知らない』第6話
第6話: 恋の芽生え
バイトの飲み会。普段カフェで働く時とは違う、少し浮ついた空気が漂っていた。悠人はいつもより念入りに服を選び、時間より少し早めに店へ向かったが、すでに数人が集まっていた。
「悠人くん、こっちこっち!」
声を上げたのは同僚の坂井だった。テーブルの中央には紗季も座っていて、いつものように明るい笑顔を浮かべている。その姿を目にした瞬間、悠人の胸が高鳴った。
(こんな場で、彼女とどれだけ話せるだろうか――。)
席についた悠人は、期待と緊張の入り混じった気持ちで飲み会が始まるのを待った。
料理が次々と運ばれ、グラスが何度も乾杯で触れ合うころには、場は完全に盛り上がっていた。坂井や他のメンバーが冗談を言い合い、笑い声が絶えない。
紗季も、隣に座った女性スタッフと楽しそうに話していたが、彼女の視線がふと悠人に向けられた。
「悠人くん、飲んでる?」
「あ、はい! 少しだけ……」
「若いのに少しだけって、もったいないなー!」
紗季の冗談めいた言葉に、周囲が笑い声を上げる。悠人は照れくささを感じながらも、彼女が自分を気にかけてくれるのが嬉しかった。
場がさらに和んできたころ、誰かが話題を変えた。
「ねえ紗季さん、恋愛の話とかしないんですか?」
その言葉に、一瞬テーブルが静かになる。だが紗季は慌てることもなく、軽く笑った。
「うーん、あんまり話すことないよ。」
「そんなはずないじゃないですか! 紗季さんみたいに綺麗な人なら、絶対モテてきたでしょ。」
「いやいや、それは買いかぶりだってば。」
そう言いながらも、紗季はどこか遠くを見つめるような表情をした。その横顔を見て、悠人は不思議な感覚にとらわれた。
「でも……昔一度だけ、本気で好きになった人がいたかな。」
その言葉に、みんなが耳を傾ける。
「その人とは……付き合ったんですか?」
坂井が身を乗り出して尋ねると、紗季は笑顔を浮かべながら軽く首を振った。
「ううん、そうじゃない。ただ、向こうには違う相手がいて、私はただの友達だったの。」
その明るい調子とは裏腹に、紗季の声には微かに切なさが混じっていた。その瞬間、悠人は胸の奥に小さな痛みを感じた。
(こんな笑顔の裏に、そんな想いが隠されていたなんて……。)
彼女の姿が急に遠く感じられる一方で、もっと知りたいという気持ちが強く芽生えた。
飲み会が終わるころには、悠人の頭の中は紗季の話でいっぱいだった。彼女が経験してきた恋、そしてその裏にある感情――それをもっと知りたいと思った。
帰り道、一緒に歩く同僚たちの声が耳に入らないほど、悠人は自分の心の中に向き合っていた。
(これは……憧れじゃない。俺、紗季さんのことが好きなんだ。)
月明かりの下、悠人は初めて「好き」という感情をはっきりと自覚した。その思いは、夜空に浮かぶ星のように輝いていた。