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恋愛小説『先輩、僕はまだ恋を知らない』第4話

第4話: 憧れと嫉妬

悠人は今日もカフェのバイトに向かっていた。少しずつ仕事には慣れてきたものの、まだ完璧にこなせるわけではない。レジ打ちのミスやドリンク作りの失敗が時々あり、そのたびに申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

特に、紗季が忙しい中で自分のフォローに回ってくれるとき、嬉しさと同時に「自分はまだ足手まといだ」という気持ちが押し寄せてくるのだった。

カフェに到着し、制服に着替えて出ると、すでに紗季がカウンターで準備をしていた。彼女の背中はまっすぐで、どんな時も落ち着いた雰囲気をまとっている。その姿を見るだけで、悠人の胸は高鳴った。

「おはよう、悠人くん。」
「あ、おはようございます!」

いつものように明るい笑顔で声をかけてくれる紗季。何気ないやり取りだけれど、悠人にとっては特別な瞬間だった。

シフトが始まると、店内はすぐに忙しい時間帯に突入した。ランチタイムにはお客様が列を作り、カウンターの奥は慌ただしくなる。それぞれが自分の仕事をこなし、ミスを出さないように集中する時間だ。

そんな中、悠人はふと隣のカウンターに目をやった。そこには紗季が、もう一人の男性スタッフと楽しそうに話している姿があった。

「紗季さん、この間のライブ行けました?」
「あ、行ったよ! すごく楽しかった。次は一緒に行けたらいいね。」

その言葉に、悠人の胸がチクリと痛んだ。

紗季が他の人と話すことは、もちろん普通のことだ。それでも、彼女の笑顔が誰か別の人に向けられているのを見ると、自分だけが取り残されているような気持ちになる。

彼女の親しげな表情や、自然な仕草――それらは特別なものではないとわかっているのに、どうしても心がざわつくのだった。

「悠人くん、大丈夫?」
突然声をかけられ、ハッと我に返ると、目の前には紗季が立っていた。

「あ、はい! すみません、ちょっとぼーっとしてました。」
「疲れてる? 無理しないでね。」

そう言って軽く笑ってくれた彼女の顔を見て、悠人はまた胸が熱くなるのを感じた。

シフトが終わり、全員で片付けをしているとき、悠人は黙々と床の掃除をしていた。ほかのスタッフたちが談笑している声が遠く聞こえる。そこに紗季の笑い声が混ざっているのを耳にすると、どうしようもない感情がこみ上げてくる。

(俺なんか、まだ話す資格もないんだ……)

そう思いながら、手元の雑巾を握る力が少し強くなった。

その日、片付けが終わり、他のスタッフが帰る中で、悠人は一人遅れて靴を履いていた。すると、紗季が声をかけてきた。

「悠人くん、最近頑張ってるよね。」

その言葉に、悠人は思わず顔を上げた。

「いえ、そんな……まだ全然できてないですし……」
「そんなことないよ。この前も、忙しいときにちゃんとお客様対応できてたじゃん。あれ、すごくよかったよ。」

紗季の声は優しく、まっすぐだった。その言葉が、自分を見てくれているという証拠のように思えた。

「ありがとうございます……でも、もっと頑張ります。」
「その意気だね。」

彼女が軽く笑ってくれると、悠人の心は少しだけ軽くなった気がした。

帰り道、悠人は紗季の言葉を思い出していた。自分が少しでも認められたという感覚が、不安と嫉妬でいっぱいだった心に光を差し込んでいた。

(もっと頑張ろう。もっと近づけるように。)

悠人は心の中でそう誓いながら、歩みを早めた。

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