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密かな想い。



「…あの、突然すみません。

俺の事、覚えてます?」


シャンプーが終わり、椅子の背もたれが上がりきった直後に《その人》は言った。

「…え?」

本当に突然すぎて、まだびしょびしょの髪のままつい後ろを振り返ってしまった。

「えっと、覚えてますよ」

過去にもヘアカットを担当してもらったことがあるし、見た目がかなり派手だったから覚えていた。私の中では「髪がガッツリ紫の人」っていう印象だったので、あぁあの時の髪紫の美容師さんだ!と心の中で言い放った。


「そっかぁ、良かったです…!!」

この言葉以来、タメ口で話してくるようになった。
その後も何回か担当してもらったことがあった。
話していくうちに、《その人》にだんだん惹かれてしまった。私自身、派手な見た目の人は少し苦手だけれど、その奇抜さにミスマッチのような子供っぽい笑顔と言動が可愛らしく、好きになるのに時間は大してかからなかった。

シャンプー台での「俺のこと覚えてます…?」という言葉が、意識し始めたきっかけだった。


しかし、受験やら大学生活の忙しさで、約1年半会えない時間が続いた。
途中で行こうと何回も考えたが、意識し始めてしまったせいで行くのを躊躇った。


そして先日、指名をしてその美容室に向かった。
この勇気を出すのにどれだけの時間がかかったことか…(笑)
(友人にも「行きなよぉぉぉ!」と何度も言われたが、ヘタレの極みなのでなかなか勇気が出なかった)


1年半見ない間に、《その人》の見た目は随分変わっていた。紫だった髪はほとんど黒になっていたけれど、光に当たると紫っぽく見える黒髪だった。そして落ち着いた服装をしていて、随分と大人っぽくなっていた。


初めての指名だったのもあって、スマホを弄りながら緊張をなんとか隠す。


「お待たせしました、本日はどうされますか?」


笑顔はあの頃と全然変わってなかった。
変わったのは、対応。
1年半も会ってないのだから当たり前だけれど、
喋り方から滲む「他人感」は拭えなかった。

それから約30分ほど、距離感があるトークが続いた。それが苦しくてたまらなかった。1年半も行かなかった自分を恨んだ。
忘れられて、楽しくも話せないなら、もっと早く行くべきだった。


「今はこのような状態になっておりますが、もう少し切りますか?」

「毛量が多いので、もう少し軽くして大丈夫ですよ」

悲しくなるのを頑張って堪えながら、平常心を装って答えた。


「わかりました。髪の長さはこのままで?」

「はい、最近寒いから伸ばそうとしてて。」



「最近寒いもんね〜、

でもさ、去年も今と同じボブくらいだったよね??」

「…ぇ」

「俺覚えてるよ〜??
また伸ばさないで切っちゃうんじゃない?(笑)」

「…っっ、そうかもです(笑)」


………安堵感と嬉しさで泣きそうだった


「来年から20歳だよね?」
「そうです〜」
「良いねぇ、お酒飲めるね〜」
「まだ飲めないけど、オススメのお酒とかあるんですか?」
「あるよ〜、〇〇とか。20になったらまた教えてあげる」

「ネトフリ入ってる?」
「前まで入ってたけど、受験とかが忙しくてやめちゃって。」
「そうだったのか…ねぇ、また入ろう??〇〇って映画面白いんだよ〜」

「何かカラーとか興味ある?」
「カラーはあんまりないんですけど、パーマかけたいんです」
「パーマ似合いそうだよね、チリチリにしてあげる(笑)」
「それは困ります…!(笑)」


施術も終わり、帰る時間になった。


「ごめんね、忙しくてお見送りできなくて…お会計はこちらの方がやるから…」
「あ、…はい」

唐突の別れに寂しくなり、つい俯く。

その時《その人》は、私の目の前でしゃがみこんだ。

俯いた私の目を見ながら、あの可愛い笑顔で
「ありがとうございました」と言った。



私がぽかんとしてる間に《その人》は、小走りでお客さんの元へ向かった。


店を出た直後、髪が綺麗だったからか人生で初めてナンパされたがそんなことはどうでもいい。



最後にとんでもない爆弾を投下されてしまった。





営業トークだとか、恋愛禁止の店があるとか、
客と美容師という立場の違いも理解している。

だけど、もう好きになってしまったんだから
しょうがないよね。

ただ《その人》と話せれば、施術を受けられれば、それでいい。
アタックだとか、迷惑なんて絶対にかけない。
(ちなみに、カットもスパもとても上手。この想いがなかったとしても、その人を指名すると思う)




これからも、密かに好きでいさせてください。

#美容師に恋をした
#恋

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