バースデーに100万円貰った話
100万円の束をポケットに入れて、しっかり手に掴んだまま東京の街を歩く。今日は僕の誕生日。「こんな日が来るなんてな・・・」夢にも思わなかった。杉並区の安っぽいガラクタなんてなんでも買える。このままハワイにだって行ける。「なんでもできる。」何しよう?
とりあえず、僕はよくモノを無くす名人なので、銀行の口座に100万円は預けた。身軽になった体で、下北沢の街を歩く。
いつもは、金が無いのであまり探索しないのだけど 今日は金がある。一杯、コーヒー飲んだくらいじゃびくともしない諭吉たちが、僕には味方に付いているんだから。そう、強気で
雑居ビルの三階にある、小さな無人カフェに入り込んだ。一階でテイクアウトしたコーヒーのカップを、三階にある飲食スペースで飲むスタイルの店だった。
木調のアンティークな家具の、落ち着く空間だった。六畳くらいの、小さなスペースの小さな椅子に腰掛けて ブラックコーヒー(一杯三百円)を飲んだ。あったかい。外は寒すぎる。
下北沢の通りが交差する道が、眼下に広がっていた。
これから、どうしようか。
どこかに行くには、ちょっと少ない100万円。日常で、こうやって全部コーヒー代に溶かしてしまうことだってできる。僕は無類のコーヒー好きで、コーヒー代だけは節約したく無い人間だから、100万をコーヒー代に当てたって全然構わないんだけど。
ぼんやりとした未来を見ようとして、下北沢の街を観察する。
どこにでも行けるけど、行ってなんになる?やりたいことは一つだ。
心置きなく、作品を作って発信する時間と、環境が欲しい。そのために東京まで出てきたんだから。でも、家がなくなってしまったので100万円は生活費に当てるのが筋だろう。
でも・・・・
『そうだ、パソコンを一台買って、それで自分の仕事をはじめよう。』
僕は決めた。
一回、地元に帰ろう。クソみたいで大嫌いな田舎の、あの街は
東京よりは物価も安いし、何より知り合いのいない土地に行って少し静かに自分を見つめたかった。東京で、沢山の人に会って少し疲れた感じがするし。誰も居ない、あの田舎の夜道を歩きたいと思った。
僕はすぐさま、田舎にあるパソコン教室の予約をとり、小さなカートに服をつめて東京駅から新幹線に飛び乗った。
あっというまに、栃木に着いた。
宇都宮の駅で餃子屋に入り、一人で餃子定食を注文して、ビールをつけて昼食をとった。うまい。
東京で、こんなことできないなあ、と思い ふふっと笑う。
田舎のよさを一つ見つけた。餃子を一人でビール付きで食べられること。その後、喫茶店に入ってコーヒーも飲んだ。残念ながら、コーヒーは東京のようには美味しくなかった。あの、飲み慣れた東京の純喫茶のマスターのコーヒーが飲めないのだ気づいた瞬間、「遠くまで来ちゃったな」と感じた。
◆
宇都宮に来てから、もうすぐ一年だ。
100万円は、もう既に使い切って無い。
この記事を、書いてるこのPCは、下北沢のカフェで夢見たPCである。
あの日パソコンスクールに申し込んで、入学前日に栃木に移り住んだ。
パソコンスクールのPCはくそだったので、MacBook Proのいいやつを買った。映像が作りたかったから。
名前だけの「自社」を立ち上げて、映像制作サービスも始めた。早速、駆け出しでけどクライアントを得て、仕事を受けるようになった。去年の下北沢でぼんやり見えた未来は、一年後の今日だったんだと思う。
僕は誕生日が来るたびに、あの100万円をポケットに入れて歩いた冬の日を思い出すだろう。下北沢の三階の無人カフェで見た街の景色の色も。
薄灰色で、パステルカラーがチラチラと、フレアのようにチラつくような冬の空気を。
来年は、また100万円をポケットに入れて、下北沢のあるカフェでコーヒーを飲むのが、密かな目標だ。
その時には、僕はノマドになっていて、きっとそのカフェでコーヒー片手に仕事をしているはずだ。それまでは勉強して、餃子を食べて頑張る。食後には、自分で美味しく入れたハンドドリップのコーヒーを飲みながら。
2021/2/2 ppp
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