★国語教師(23)
向田邦子の「字のないはがき」は中学校の教科書に採用される例が多いのですが理由は単純で
・難しい漢字が少ない
・暴力、セックスの話が出てこない
・短い
・「ちょっといい話」的なテイスト
・著作権が安価(もしかしたら遺族のご厚意により無料?)
だいたいこんな理由ですよ、きっと。
僕は先日、この作品を教材で使いました。
本作を理解するために必要な知識はいろいろありますが、一つは学童疎開でしょうね。疎開って、なに?と。若干、日本史の授業とカブりますが当時の時代背景を解説します。食糧難、東京への空襲など。
疎開は現代の子供誰一人経験したことがない。もちろん僕もです。
向田の妹(和子)が学童疎開することになった。向田の父親が考えた通信手段とは?
和子の安否確認は電話ではなくハガキを使うことにした。しかし和子はまだ幼いため字を書けない。どうやって父に近況を知らせるか。
この、父が考えた手段はなかなか秀逸だと思いますね。ちょっと微笑ましい感じがします。僕も機会があれば息子たちにやってみたいです。(笑)
このエッセイのクライマックスは非常に印象的ですね。やせ細った和子が疎開先から帰ってきた。家から飛び出して和子を抱きしめ号泣する父。なんだかドラマみたいに感動的です。向田家の家族の絆って、かなり強いなあと思いました。
さて、まるでドラマみたいなエッセイだね、という感想は当たり前で向田邦子はテレビドラマの脚本を書く人気作家だったのです。書けば必ず大当り、連戦連勝、テレビドラマのホームラン王だったんですよ、彼女は。
51歳の時に台湾行きの飛行機の事故で急逝した人気作家。向田邦子が描く昭和初期、中期の庶民の暮らしは現代の子供にあんまり馴染みがないかもしれませんね。家庭内で父親が皇帝だった時代です。戦後、家庭内における父親の権力は大幅に低下しました。
向田の父親はどちらかと言うと暴君みたいに描かれていますからもし僕の父親がこんな感じだったらすごく嫌だなあと思ったんですよ。
ところがNHKの取材で和子さんは以下の話をします。
【和子さんから見た向田家の構成は、以下のとおりだ。
保険会社に勤めていた父親・敏雄さん。それを支えた母親・せいさん。いちばん上の姉が邦子さん、兄の保雄さん、2番目の姉の迪子さん、そして末っ子の和子さん。
「お父さんちょっとヤダと。相手にしてくれないのは分かるんですけれど、でもなんか、“なんだこのお父さん”って思っていて、それで姉は私より叱られているわけですからね。
姉と一緒にいたときに、『お姉ちゃんこのうちに生まれてどう思う』って聞いたんですよ。私は不満ばかりだから、『そうだね、お父さんうるさいもんね』と言うかと思って期待して待っていたんです。
そうしたら『このうちに生まれて本当に幸せだと思う』って言われて。私は本当に崩れ落ちそうになって。びっくりっていうか、え、何だろうって思って。忘れられないんですけどね。
姉はそのときに、『このうちの環境は、いろんなものを考えたりするときに、非常にいい位置にいると思うから、私は本当にこの環境に生まれたことは宝物よ』って。『あなた、お父さんをこれから父親であり、人間でありっていう視点で見たら、違うんじゃない?』って」】(NHKのサイトから引用)
今回の授業を受けた生徒の中から向田邦子に興味を持ち、彼女の他の作品も読みたいと思う生徒が一人でもいたらいいな、という願いを込めて授業をやりました。僕は彼女の「父の詫び状」が好きでいつも手元に置き、ときおり読んでいます。