【「食事前後の感謝」してますか?】
こんにちは、Dr.K(ドクターコージ)です。
Facebook友達の方が、食事前の「頂きます」と食事後の「ご馳走様」わ言う際に、祝詞の様なことを言っているらしい。と言うことを知りまして。
なんだか神道っぽいけど、茶道のお作法の源でもある禅寺とかでもやってたのかな?などと疑問が出てきて探してみたら。
そのものズバリのマニアックな書籍がありました(笑)
【日本人はいつから「いただきます」するようになったのか】
結局のところ、「日本に古くからある伝統的なお作法」と言う訳では無く、明治期以降に広まった習慣で、いわゆる宗教的な意味合いが強い訳でも無さそうです。
と言うのが結論ですね。
件のFBF(Facebook友達のことをこの様に略すみたいです)が励行している「祝詞の様な物」は、江戸時代の国学者、本居宣長の著書「玉鉾百首」にある和歌が明治時代に神道の神主達の間で使われる様になった物の様です。ご紹介しますと、
【食前感謝(いただきますの祝詞として定着)】
たなつもの 百の木草も 天照す
日の大神の 恵えてこそ
(たなつもの もものきぐさも あまてらす
ひのおおかみの めぐみえてこそ)
↓宮崎意訳
五穀や様々な植物の恵みは、天照大御神の恵みがあってこその物です
【食後感謝(ごちそうさまの祝詞として定着)】
朝宵に もの食うごとに 豊受けの
神の恵みを 思え世の人
(あさよいに ものくうごとに とようけの
かみのめぐみを おもえよのひと)
↓宮崎意訳
一日の間にご飯を食べるとき、豊受大神様の恵みである事を、皆さん思い起こして下さいね
と言う様な感じのものですね。
最後に「いただきます」や「ごちそうさま」を言う人もいる様ですし、この和歌を宣うことで代用とするので敢えて言わない、と言う人もいる様です。
特に教典や教義で定められている訳では無いので、その辺も自由なんですね。
ご紹介した書籍によれば、「頂く」という言葉自体は、元来は神前の直会や貴人との会食時に
・食後に箸を立てる
または
・両手でお膳を少し高くあげて黙念する
と言う作法が由来だとか。
そして明治から昭和初期に活躍された民俗学者、柳田國男の書籍に、
「(ラジオ黎明期の)料理番組にて、(本来畏敬の念を持って神前や貴人の面前で行われる)「いただく」と言う言葉が濫用されている」(意訳 カッコ内宮崎補足)
と言う記載もある様です。
軍隊の食事の際に、同時に食べ始め、食べ終わる、と言う様なことから、「軍隊配食」が、「いただきます/ごちそうさま」の始まりか、と言う見方もある様ですが、自衛隊にその様な規則は無い様ですし、記録にあるのは「配食はじめ」や「食事はじめ」等の号令のみだという事で、どうやら違う様です。
学校教育における、食事前後の挨拶の徹底から定着した、と言う意見もありますが、ではその起源は?と遡っていくと、特に給食制度が無かった戦前の国民学校において、「箸取らば 天地御世の御恵み 祖先や親の恩を 味わい頂きます」と言う様な指導がされたと言う記録がある様ですが、給食では無いですから各自バラバラに食べていたでしょうし、今日の「いただきます」の起源とも言えないという事です。
また、戦後1951年に給食制度が始まった後も、「食事の前後に挨拶する」様にと言う指導内容はありますが、特に「いただきます/ごちそうさま」の表記は無い様ですね。
変わったところでは、「鶴亀の 齢(よわい)願わば 箸取りて つるつる飲むな よくぞ噛め噛め」と言わせていた記録もある様です。
健康顧問医師としては、よく咀嚼して食べることの健康長寿効果をよく言い表した、名文だと思いました。
ラジオ黎明期の料理番組から「いただきます」と言う言葉が、日本全国に方言の区別なく広まり定着したと言うことの様ですが、手を合わせるのか合わせないのか、お辞儀だけなのか、などは地域差や家庭による違いも大きい様です。
何にせよ、海外の一神教においては、「日々の恵みや家を与えて下さる唯一絶対神への感謝の祈り」であったり、料理を調理し提供する人が「召し上がれ」と言う様な食前の挨拶はありますが、日本の「いただきます/ごちそうさま」は、神様への感謝だけでなく、食材の命、狩猟採集や流通に携わった人々、調理人、など全てに対して、畏敬と感謝の念を込めると言うのが、特殊だと言われています。
一見神前や仏前の祈りの作法にも見える、合掌やお辞儀ですが、仏教や神道で正式に定められた作法では無いですし、地域や家庭により必須でもありませんので、「宗教的作法を押し付けるな」と言うクレーム(過去にその様に保護者が学校を訴えた裁判が実際にあったそうです)は的を外れている、と言うことですね。
古くから伝わる伝統的なお作法や儀礼では無い様だ、と言うことが明らかになってしまいましたが、日本人としては、自然や食材が料理になるまでに関わった人達への感謝の気持ちは忘れずにいたいですね。
本居宣長作の「食前感謝」「食後感謝」の和歌を宣うのもよし、「いただきます」「ごちそうさま」と簡易化した言葉を声に出すのもよし、手を合わせても合わせなくても、お辞儀をしてもしなくても、心の中で密かに唱えたり謝意を表すでも、自分が納得できればやり方はなんでも良いのだと思います。
日々の食事の食べ始め、食べ終わりに、この様な感謝の気持ちをついつい忘れがちになっていませんか?最近忘れていたな、と言う方は、今日からでもまた始めてみましょう。
ふとした何気ないことへの感謝の気持ちにも、気がつきやすくなりますよ。