見出し画像

吹雪の夜 / Sir Arne's Treasure (1919)

 短いあいだながら初期のスウェーデン映画界には、他国の影響を受けずに独自の芸術が花開いていた時期があり、それはすなわちMauritz StillerとVictor Sjöströmという二大監督がハリウッドに引き抜かれるまでの時代にそのまま重なっている。『吹雪の夜』はノーベル賞作家としても知られるSelma Lagerlöfの小説を映画化したもので、Stillerの代表作である。迷信に支配された神秘的な中世北欧の世界観に、セット撮影では到底かなわないような圧倒的な自然の映像が組み込まれており、10年代における非英語圏映画としては最高峰に位置する作品とさえ言えるかもしれない。
 当時のデンマーク領だったマーストランドの砦から脱走した3人のスコットランドの軍人が、逃避行のなかで地元の名士アルネ卿の家に押し入り、一族を殺害したのちに財宝を奪った。豊かになり身分や見た目をすっかり偽ったはいいものの、海面の氷が溶けて船が動けるようになるまでのあいだは、マーストランドの街に滞在するほかはない。そんな折、3人の内でもリーダー格であるアーチー卿は、エルサリルという美しい女性と出会ってお互いを想いあう仲になる。しかし、実は彼女は例の惨劇の生き残りだった…。
 最も注目すべきは、雪に覆われた自然を詩情たっぷりに描き出した遠景の美しさで、これらはクライマックスなど物語の要所要所で現れ、観客の心を奪う。容赦ない殺戮を繰り返す人間の恐ろしさ、ひいては正体を知らぬまま一族の仇を愛してしまう運命そのものの恐ろしさまでもが、この最高の舞台装置の中で展開されていく。また、伝説や超自然と共に厳しい気候を生き抜く北欧の文化が細部まで描かれているのも本作の魅力で、中でも冬の海にまつわるとある信仰は、まさに物語の核心を握る重要なファクターとして機能している。
 20年代に入るとスウェーデン映画の名声は国際的なものとなり、StillerはSjöströmとともにハリウッドに招聘されるものの、監督としては大きな成功は収めないまま28年に死去した。しかし、Stillerが渡米の際同伴した女優のGreta Gustafssonは、後にGreta Garboの名で世界的スターへと成長する。