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豪傑ベン・ターピン / A Small Town Idol (1921)

 無二の個性と最高のアクロバット技術を誇った、サイレント期の名コメディアンBen Turpinの代表作。また、喜劇王Mack Sennettの黄金時代を伝える貴重な一本だが、残念ながら今日においては7巻に及ぶ本作の全貌を鑑賞するのは困難だ。基本的に現在観られるのは、1939年にワーナーがフィルムを2巻に短縮し、Jim Backusによる無粋なナレーションや興ざめこの上ない効果音を付けたサウンド版ではあるものの、長らくこの映画が無声喜劇の傑作と謳われて来たゆえんは理解できる。
 ドタバタ・コメディは短編が当たり前だった当時としては、7巻という長編はそれだけで冒険だった。プロットは単純で、Turpin演じる田舎の村の青年(あくまでも設定である)が、ライバルから妨害を受けながらも競馬や映画出演といったいろいろな挑戦を重ね、恋人の愛を獲得しようと奮闘するというもの。
 もちろん一番の笑いどころはTurpinのとぼけた演技や、ケンカの大立ち回り、極めつけの首吊りアクションなど様々だが、スラップスティック・ギャグの他にも素晴らしい見どころが本作にはある。ヒロインがTurpinの恋敵に<あなたが嫌いだって4巻●●で言ったじゃないの!>と放つ抱腹絶倒のメタ・ギャグや、Turpinがエキストラを演じるシーンで、いかにもバビロン風の劇中劇を撮る映画会社に<スーパー・アート・フィルム>なる名前をつけるセンスは、苦笑いを通り越して思わず拍手してしまいそうになる。ちなみに、ここでは無名時代のRamón Novarroが妖艶な肉体美を披露するダンサーとして出演している。彼の出世作『ベン・ハー』における爽やかさとの落差も、今となっては面白い。
 ジェットコースターのようなスピード感でギャグを浴びせかけるのがサイレント喜劇の神髄だが、真の傑作にはアクションにとどまらない笑いのエッセンスがさりげなく含まれているものだ。これは本作だけでなくCharlie ChaplinやBuster Keatonの作品にも同じことが言える。