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The Band – Moondog Matinee (1973)

 1960年代が『イージー・ライダー』と『ウッドストック』によって締めくくられたあと、ベトナム戦争前夜の青春を描いた名画『アメリカン・グラフィティ』によって、合衆国はすっかり懐古趣味にはまり込んでしまった。かつてロックの歴史に一つの区切りをつけたThe Bandのメンバーも、同時期にオールディーズの名曲集である本作を発表している。ジャンルの枠を超えた一種のセンチメンタリズムが世の中を覆っていたのである。
 目を惹くのは、個性派R&BシンガーClarence "Frogman" HenryにLevon Helmが挑んだ「Ain't Got No Home」や、数多く歌われたソウルの名曲「Share Your Love (With Me)」だ。特に後者はRichard Manuelがバンドのボーカルの要であったことを、これ以上ないほどに雄弁に物語る名唱である。The Bandにとってもこれは挑戦というべきものであり、「Mystery Train」のような大胆なアレンジ(新たに詞を追加している)を導入しつつも、サウンド・メイキング自体はかつてないほど慎重に行われた。
 しかし全体的としては絶妙にマニアック、または意外な選曲が行われているのも確かだ。「Third Man Theme」はGarth Hudsonのために用意●●されたようなものだし、「I'm Ready」もWillie Dixonのブルース曲ではなく、Fats Dominoによるロックンロールが採用されている。ラストは名曲「A Change Is Gonna Come」で締めくくられているが、Rick DankoがManuelに負けじとソウルフルかつドラマチックな歌声を聴かせる。
 The Bandの目的は単に50年代の空気を蘇らせることではなく、名曲を再解釈していく中で、自らの創造性を職人的な采配で介入させ、過去の名作と真摯に向き合うことであった。数あるカバー集の中でも最も誠実さの表れた『Moondog Matinee』には、オリジナル・アルバムと同じだけのクリエイティビティが満ちている。