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Eric Dolphy – Out To Lunch! (1964)

 大傑作にして大問題作である『Out To Lunch!』を録音していた時、Eric Dolphyは錯乱していたのか?それともクスリの力を借りて何か超自然的な存在と対峙していたのか?おそらくそのどちらでもない。完璧なクインテットの布陣、音楽の構成の緻密さは、本作が単なる解放だけを目的とした不協和音の塊ではないことを証明しているし、日常を切り取ったように(曲のタイトルも同様だ)見せかけたシュールなジャケットは、本作がスピリチュアルな趣向を振り払おうとしているようにさえ見えてくる。
 冒頭の「Hat And Beard」から度肝を抜かれるしかない。Dolphyのリードを中心としながら、それぞれのソロで放たれる音は、接着と剥離を繰り返すようにして独特の浮遊感を湛えたサウンドスケープを描いていく。Freddie Hubbardの熱いトランペットと、Bobby Hutchersonのクールなビブラフォンの対比もさることながら、当時まだティーン・エイジャーだったTony Williamsのドラムの演出力は驚嘆に値する。
 タイトル・トラックである「Out To Lunch」は、イントロこそ陽気だが、Dolphyのサックス・ソロが始まった瞬間に非日常の世界へと引きずり込まれていく。そして最後の「Straight Up And Down」を聴き終わった後に気づくことだが、本作には演奏者全員が入り乱れて完全にフリークアウトするような場面は一切存在していない。WilliamsとRichard Davisのリズム隊が生み出す地平の上を3人のソリストが飛び交う様は、自由で無軌道に聴こえるが、同時に完璧な距離感とバランスを保って崩さない。
 2005年に大友良英が自らのグループを率いて本作の全編をカバーしているが、それは本作が全く脈絡の無い音楽ではなく、明確な構築性を持っていたからからこそ成せた大業と言える。『Out To Lunch!』に広がる音楽世界は聴けば聴くほどに冷静そのもので、それゆえに難しい。しかし、自由でありながら無二の構成美を兼ね備える、というこの偉大な矛盾は、本作が生涯聴き続けるに値するアルバムであることの証左にほかならない。