「日本人の勝算」を実現できるか?
人口減少は日本にとって大きな危機だろう.国際的に評価の高い労働人材が急激に減少するのだから,放置すれば国力は衰える.経済が縮小しても構わないという人もいるが,少子高齢化社会をどう維持しようというのか.
労働力不足を移民で補おうとするのは,ブラック企業的発想でしかない.生産性を高めて稼ぐ能力がないから,とにかく人件費を削りたいわけだ.経営者としては無能だろう.それでは,ただのコスト削減競争にしかならないし,経済成長は望めない.付け加えると,現代の奴隷制度である技能実習制度はすぐになくすべきだ.日本を貶める以外の効果がないし,そもそも誰かを犠牲にして自分が儲けようという発想が卑しい.
日本はJapan As No.1とか言われて浮かれていたが,そしてバブル経済を謳歌していたが,結局,人口増加のおかげで,そして優秀な労働力があったおかげで,何をしようがしまいが経済は発展できた.経営者が優秀だったわけではない.事実,人口増加が止まり人口減少になると,日本経済はずっと失われっぱなしだ.実際,国際的に労働人材が高い評価を受けている一方,経営者の評価は極めて低い.人材を活かせていない.その結果がずっと続く経済低迷だ.
本書「日本人の勝算」で,著者のデービッド・アトキンソン氏は,今後のさらなる人口減少と高齢化で日本には強烈なデフレ圧力がかかるため,労働人口に稼がせなければ,社会保障費を賄うことができず,日本は崩壊するという危機意識を顕わにしている.
そのような危機感は多くの日本人に共有されているが,日本人は何もしない.とにかく変わることを嫌う.既得権益を持っていればなおさらだ.典型的な茹でガエルだろう.
では,どうすればいいのか.デービッド・アトキンソン氏は4つを挙げている.
1.生産性を向上させること.高生産性・高所得資本主義を実施すること.
2.企業規模を拡大すること.企業統合促進政策を実施すること.
3.最低賃金の継続的な引き上げを行うこと.
4.人材の継続的な教育を行うこと.労働者だけでなく,特に経営者を対象に.
人口が増えている時代には,需要が勝手に伸びるので,自然に経済は成長した.パイが増えていくので,個人経営の小さな会社も儲けることができた.しかし,人口が減少して需要が減り続ける時代には,昔のままのやりかたは通用しない.
社会保障費を賄っていくためには,収入が必要である.労働人口に稼いでもらわなければならない.人件費削減は愚かである.窮した経営者は人件費削減に走り,負の連鎖を引き起こす.そうではなく,企業は生産性を向上させて稼がなければならない.本書では,低賃金で働くことは日本人の美徳だという経営者が登場するが,速やかに退場してもらいたい.
日本より経済成長している国に比べて,日本は小規模な企業の数が多すぎる.規模が小さいと投資できないため生産性が向上しない.そこで,日本全体で企業規模を大きくし,生産性を高めるためには,企業統合を促進する必要があるというのが著者の主張だ.
しかし,賃上げや企業統合が勝手に進んでくれるはずもない.そこで,政策として,これらを推進せよという.最低賃金の継続的な引き上げと,企業統合促進政策の実施だ.最低賃金を戦略的に引き上げることによって,生産性を高める能力のない企業を徐々に淘汰し,経済成長を実現しようとする国が増えている.日本も最低賃金の引き上げを行っているが,上げ幅が小さい.もっと大胆にせよと著者は指摘している.
大学で働いている身としては,人材育成の重要性は認識しているし,そこに大学がどう関わっていくかを考えて実行する必要がある.日本の大学には,とにかく高校卒業直後の学生しかいない.大学院にも,就職してから改めて就学する学生はほとんどいない.これはOECD諸国を見渡しても例外的であり,生涯教育に大学が関われていないこと,そして社会も生涯教育に関心がないことを示している.そのような状況下で,経済産業省も含めて,人材育成に力を入れだしたのは良いことだと思う.
全体として,本書で指摘されている日本の課題や実施すべき施策には賛同することが多かった.以下,各章の要点を引用しておく.
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