信頼性の高い「てんかん発作アラートシステム」の最優先開発までの道のり
背 景
約2年前、私に「InsightX」の基本設計・仕様について相談が持ちかけられたのが、このプロジェクトの始まりでした。担当者からの概要説明では、「〇〇〇システムは、ウェアラブルデバイス市場の拡大に伴い、PHR(個人の健康データ)とEHR(医療機関のデータ:カルテ、治療内容、治療成果など)の相互利用が本格的に模索されている・・・」というものでした。
私は「確かに、そうなるかもしれないね」と応じつつも、「でも〇〇〇システムにはセンスが全くないね。ドクターの診断や治療に対する洞察力、そして膨大な健康データを扱うエラスティックな洞察能力こそが重要な仕様であるべきでシステム名称はそれを連想出来るものでなければ駄目だよ!」と指摘しました。
そして、システムの名称として「Insight とCross Over Platform」を提案し、愛称として「InsightX」とすることも提案しました。こうして、このシステムはいつの間にか「InsightX」という名前で呼ばれるようになったようです。
当時、私はすでに引退しており、AIやIoTにはある程度理解があるものの、体調や若い設計者が時代に合ったものを作るべきだという思いもあり、これまで3度ほどお断りしていました。
それから6か月後のある日、担当者から久しぶりにメールで面談の依頼が届きました。面談は私の都合でパリ郊外で行うことになり、「わざわざパリまで来てくれるのだから」と断るのも失礼に思い、面談に応じることにしました。
担当者は少し緊張している様子だったため、「フライトの時差ボケは大丈夫?ところで、パリは初めて?」と世間話を5分ほどしました。そのおかげか、担当者の緊張もほぐれたようでした。
次の瞬間、担当者は大きなキャリーバッグから重そうに、若い設計者やシステム開発会社が作成した4つの提案書と概念設計書のセットを取り出し、私の目の前に並べました。そして、「何度も熟読し、面談も重ねてきましたが、どの提案書もピンときませんでした。おそらく、システム屋がAIを使って書いたものだと思います」と述べ、さらに「先生がおっしゃっていたように、寿命が3年のシステムを2年かけて開発するのはナンセンスだと改めて感じました」と、声を震わせながら周りに響くほどの大きな声で話し始めました。
その場面では私も思わず顔が赤くなり、周りの人に軽く会釈しながら、声のトーンを下げるように手でジェスチャーするという、少々気まずい状況でした。
医療システム開発の歴史と現状:診療支援システムの課題
かつて医療システム開発といえば、レセプト(カルテ管理や診療報酬処理など)を中心とした勘定系システムが主流でした。NECや富士通、今はなきHITAC(日立)などの汎用機メーカーが主に担当し、インフラ整備や開発費用が10億円単位となるため、各社にとっても収益の柱的な業務でした。
一方で、手術室やERで用いられるDSS(デシジョンサポートシステム)のような、医師の意思決定を支援する情報系システムもあります。しかし、日本ではこの分野の開発はあまり進んでいません。
日本の医療機関に特有の事情として、病院や大学にIT管理者がいるものの、システム開発や運用を担う専門スタッフがほとんどいないことが挙げられます。そのため、開発を委託したソフトウェア会社のスタッフがシステム保守契約を結び、常駐して管理を行うケースが多く見られます。また、システム好きの医師も一定数存在しますが、かつては病院の基幹システムのプログラム言語がCOBOLやRPGであったため、リアルタイムなデータ共有や高度な連携には技術的な壁がありました。その結果、医師が中心となって情報系医療システムを構築する例はほとんど見られません。
プロジェクト参加の理由:快諾ではなかったが
私の臨床経験は海外が主ですが、システム面と医療に携わってきたのは約40年になります。一時は毎日同じことを繰り返す臨床に嫌気がさし、汎用機のOS(オペレーティングシステム)やデータベースエンジンの開発、3進数コンピュータの研究に携わった時期もありました。
当時、汎用機市場はIBMのバイトマシンと、アポロ計画を成功させたUNIVAC(現UNISYS)のワードマシンが二大勢力として存在し、市場は二分されていました。この大手2社のシステム間で高速かつリアルタイムのデータ交換を可能にするコンピュータカプラー(現:Coupling Facility(CF))の設計・開発にも関わり、IBMやUNIVAC、バローズ、クレイの専門家たちとも交流がありました。
医療向けシステム開発で特に印象深かったのは、米国で行ったパーキンエルマー社(PerkinElmer)の電気泳動システムの構築でした。これは、CCDカメラでタンパクの軌跡を逐次データ収集し、自動で分析する装置の開発で、アガロースやポリアクリルアミドゲルを用いた電気泳動法の自動化を目指したものです。課題が山積みの中、日々新しいチャレンジがあり、研究者として充実した時間を過ごしました。
こうした医学とコンピュータの融合の経験を通じて学んだのは、「人間は生き物であり、バイタルは常に変化し、医療を取り巻く環境や規制も日々進化している」ということです。だからこそ、私はいつか、勘定系のレセプトシステムとは異なり、患者さんを最優先に考えられる「Be Mindful of You」と言えるシステムが誕生することを願い続けてきました。
InsightXの名付け親ということもあり、今回プロジェクトに参加する決意を固めましたが、最低条件としていくつかの提案を行い、数週間にわたり条件交渉を進めました。
患者向けのインターフェースおよびアプリは完全無償化とする。
患者のプライバシー保護を最優先に、データの暗号化および異常なプロセスをリアルタイムで検出する機能をシステム全体に組み込む。
患者やご家族が自身に合ったプロセスやGUIを利用できるよう、カスタマイズが可能なモジュールをオープンソース化することを前提とする。
汎用機メーカーやソフトウェアベンダーとの独占的契約は行わず、オープンソースで提供する。各社が顧客の要望に応じてGUI、バイアステーブル、二次的データクレンジング処理を自由に設定できるようにする。
ME機器メーカーと連携し、すべての医療用診断機をワイヤレス接続が可能なカプラー機能を無償で公開する。
循環器領域システムよりも、てんかん発作の予知およびアラートシステムの開発を優先する。
以上が先方が承諾した条件です。そのほか具体的な公開手段などペンディングの項目もまだあり現在交渉継続中です。
オープンソースでのメリット例
2011年、日本では厚生労働省の補助金を受けて「基幹病院とかかりつけ医が連携するチーム医療を目指した心電図ネットワーク」が開発されました。従来の情報共有では、DICOMフォーマットを使用した画像データの素子数が少なく、遠隔での詳細な読影には適していませんでした。
しかし、このプロジェクトではMFER規格のベクターデータを用いることで、スマートフォンやPCでも動画再生や拡大表示が可能になり、より高度な遠隔医療の実現に一歩近づくことができました。
現在でも、このシステムを基盤としたさまざまなシステムが多種多様に活用されています。これは、GUIやハードウェアインターフェースをすべてオープンソースとして無償公開したことで、多くの開発者が参入し、心電図、脳波、筋電図などのデータをより正確に時空を超えてどこからでも診断できる情報を提供できるようになったためです。
参考資料
下記にMFERを利用した実証事業の記事および厚生労働省の報告書(PDF)へのリンクを記載しました。ご興味のある方はぜひご覧ください。
てんかん発作予知システムの重要性
まだまだ中間報告段階ですが今年8月より、世界中の伝手が脳外科医および精神科の先生方60数名の患者さんへ「患者さんが求めるてんかん予知機能」のアンケートをお願いしました。現在までの回収率は6割程度で今年一杯までに約600名の患者さんのご意見/ご要望の最終集計を行う予定です。
下記は現在までの回答からの抜粋です。
1. 発作の正確な予測
求める理由: 発作がいつ起こるかを事前に知ることで、危険な状況を回避できる。例えば、車の運転や高所作業など発作が起きると重大な事故につながる場面を避けることができる。
具体的な期待機能:
発作発生の時間予測(数時間~数分前の通知)。
発作が起こるリスクレベルの通知(高リスク、中リスクなど)。
2. リアルタイム通知機能
求める理由: 突発的な発作に備えて、すぐに対応できる環境を整えるため。患者本人や家族、医療関係者が即座に対応することで、発作中やその後の被害を最小限に抑えることができる。
具体的な期待機能:
発作予兆時の即時アラート。
近親者や緊急連絡先への自動通知。
3. 個人データに基づくカスタマイズ
求める理由: てんかんの発作は患者によってパターンや引き金が異なるため、一般的なアルゴリズムではなく個別のデータに基づいた予測が求められる。
具体的な期待機能:
発作の種類や頻度に基づく個別の予測モデル。
発作の前兆(気分の変化、体調など)の追跡と学習。
4. 発作後のサポート
求める理由: 発作後は意識が混濁したり、身体的な疲労が残るため、適切な休息や回復支援が必要。
具体的な期待機能:
発作終了後のリマインダー(休息を取る、水分補給をするなど)。
発作後の状態を記録し、医師と共有できる機能。
5. ストレスやトリガー要因の管理
求める理由: ストレスや睡眠不足、飲酒などが発作の引き金となることがあるため、それらを事前に管理・回避したいというニーズ。
具体的な期待機能:
ストレスレベルや睡眠の質をモニタリングする機能。
トリガー要因を記録・分析し、発作のリスクを低減するアドバイスを提供。
6. 使いやすさと携帯性
求める理由: 日常生活で継続的に使用するため、ストレスなく利用できるデバイスやアプリが求められる。
具体的な期待機能:
ウェアラブルデバイスとの連携(スマートウォッチ、バンドなど)。
シンプルで直感的なインターフェース。
7. プライバシーとデータセキュリティ
求める理由: 医療データは非常にセンシティブであり、適切な管理が求められる。
具体的な期待機能:
データの暗号化とセキュリティ対策。
患者自身がデータの共有範囲を管理できる機能。
こんごの予定
前述のようにInsightX=Be Mindful of Youがプロジェクトへの基本条件です。その中でも、てんかん発作は発作の原因/要因、治療法や処方薬プラス個人差など予知に必要なデータが多種多様になり、患者数と同じ数のアルゴリズムが必要になります。
経験上、ベータ版までの開発には世界中から優秀な開発者を集めてもおおよそ6カ月、ベータ版リリース後のデータ収集から予知精度が65%に達するまでに約2年かかる見込みです。また、同意をいただいた患者さんが通院している医療機関との連携を考慮すると、今後も解決すべき問題が山積しています。
読者様(特にてんかん患者さま)からのコメントお待ちしております。