見出し画像

夏の終わりに、この世の愉しみを🍸

金曜夜23時のオフィス。今夜も残っているのは彼女だけ。パソコンの電源を落とし、嫌いな同僚のブランケットに残ったコーヒーをじんわり染み込ませた後、ワインに合うつまみを考えながら、彼女は会社を出る。

最寄り駅から自宅までは恐怖の時間。女であることの不自由さを感じる時間。自宅に入りカギを閉めてようやくホッとできる。なんという理不尽。

軽くシャワーを浴び、シルクのキャミドレスに着替えたら、まずはよく冷えた白ワインを飲む。渇ききった身体に染み渡るアルコール。さきほどまでの緊張と恐怖はどこかへ消えていき、全能感に酔いしれる。

続きは何かつまみながらゆっくり飲もう。先月ギリシャで買ったオリーブと常にストックしているプロシュートをオーバルプレートに盛り付けリビングへ。最高の座り心地のソファに身体を預け、窓を開けるとひんやり切ない秋の風が夏の終わりを共に祝福してくれる。

そうして一杯目を飲み干す頃、彼のことを思い出す。真っ赤で苦しそうな、かわいそうでかわいい顔。

「ねえ来てよ」

メッセージを送ると3分も経たないうちに

「☺️」

と返ってきた。

かわいいやつ

彼女はソファから立ち上がり、酒を好まない彼のために紅茶を準備し始める。茶葉がもうすぐ無くなりそう。明日TWGに行って買って来ようか。秋の新作スイーツも出ているかもしれない。涼しくなると焼き菓子が恋しくなるので、たくさん買っておこう。

20分後、息を切らし彼がやってきた。

彼女は30歳。彼は彼女の7つ下。童顔で小柄なせいで更に若く見える。

深い森の中を抜け、ようやく現れた湖のように澄んだ瞳。柔らかな髪は、長いまつ毛と同じホワイトベージュ。ゆったりした黒のシャツからのぞく鎖骨。真っ白できめ細かい肌。

どこをとっても人間離れしていて、珍しい鉱石のよう。それになんだか彼の身体からは、月夜の森のようにひっそりした妖しい香りがする。

急いで来たのか長い睫毛を瞬かせ、口を開き肩で息をしている。禁欲的な雰囲気が漂う彼のそんな姿は妙に艶かしく、彼女は興奮してしまう。

必死に気持ちを鎮め、彼をリビングに案内する。紅茶を淹れにキッチンへ行こうとすると、彼が何かを渡してきた。細い金色のリボンで綺麗に巻かれたハーブの花束。

「庭にたくさん咲いていたから」

無表情で無防備にこちらを見つめる彼に優しく微笑むと、月夜の庭でハーブを摘み、綺麗にリボンで巻く彼を想像し、うっとりする。

神聖なものを穢す、不謹慎で背徳的なこと、それこそがこの世の愉しみ。

彼女は彼の細い首を見つめながら、綺麗に結ばれたリボンを解いていく。






この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?