蜘蛛に朝の挨拶をするし、冬になると頭が回らないのがアラサー
最近はnoteも読書も身が入りません。
本を読んでも、俗にいう“文字が滑る状態”で内容が頭に入って来ず、同じページを読み直しています。noteもここ1ヶ月はとにかく適当でも良いから何か書いておこうの精神になっており、書いた本人が翌週には『先週何書いたっけ?』となっている始末です。
note描きの端くれも端くれの私ですが、このような『書いた本人すらあやふやなnote記事』というのは結局は読者にも伝わるんでしょうね、最近は閲覧者数も減ってしまいました。
仕事中もプライベートも、イヤーワームが酷く、頭の中で常に音楽が流れています。
イヤーワームが酷いと、記憶力も低下し、常に何となく不安な気持ちが続くのです。仕事中も何か忘れている、もしかしたら案件を途中放棄して帰宅してしまったかも知れない、そんなモヤモヤした気分がずーっと続いています。
この記憶力の低下や長く続く不安訴求から私は3年間日記を書き続けています。記憶力の低下を防ぐ為と、症状を記録に残す為です。日記を書き始めたのは、やはり冬の入り始めからでした。結局はうつの初期症状でしたが、当時の私は本気で若年性アルツハイマーを疑っていて毎週末色んな病院に通いMRIやCTや脳機能テストをしていたのです。
頭が上手く回らない感覚を掴むと私は冬の訪れを感じるようになりました。冬季うつなんて症状もあるようです。
実に悲しい季節の感じ取り方です。歳を取るのが恐ろしく思うようになったのはいつからでしょうか。
年齢が上がって行くと共に好みも変化するようです。職場では、ずっと苦手だった食べ物が平気で食べられるようになったとか、お酒の好みが変わったとか、そういった味覚の変化を良く聞きます。
私の場合はアラサーを迎えて、苦手な物が代わりました。食べ物の話では無くて、虫の話ですが。
20代まではカブトムシ、コガネムシ、ミミズ、割と虫全般平気だったんですが、アラサーを迎えて一気に苦手になりました。カブトムシですら、現在は触れるかどうか危ういレベルです。ミミズなんてもって他です。節足系の虫は見るだけで鳥肌が立つようになりました。
しかし、クモだけが大丈夫になったのです。
逆にクモは子供の頃から苦手でした。足が8本な部分もですし、色が苦手でした。田舎で見かけるクモはジョロウグモが多いです。あのサイズでいかにも危険ですよと言わんばりの黄色や赤の体色が子供の頃には恐怖すら抱いていました。他にもハナグモと呼ばれるクモも田舎では良く見かけますが、あれも他の昆虫類とは明らかに違う蛍光グリーンな体色が子供の頃から畏怖の対象でした。
先日もアパートのベランダにジョロウグモが巣を作っていましたが、風に揺られている姿やせっせと巣を作っている様子を眺めたり、時々人間の食べ物を与えたりして、日に日に大きくなっていくジョロウグモが可愛く見えてきた程です。しかし、半ペット化して半月が経った頃に、ゲリラ豪雨が訪れて翌朝には巣ごと居なくなっていました。今もどこかで元気に過ごしている事を祈るばかりです。きっとクモ界隈で自慢出来ることでしょう。俺は人間の食べ物を食べた事があるんだぞって。
一方で、先週アパートの部屋にどこからかゲジゲジが入って来たという緊急事態が発生した事があるんですが、その時はパートナーと2人でドッタンバッタンの大騒動で、部屋の外に出すのに数時間を要しました。
頭が回らないと冬を感じるようになり、歳を重ねる事に対してしばらく嫌だと思っていました。身体的な不調はこの先も増えていくと思います。しかし、ずっと苦手だったクモに親近感を抱くようになったと言う変化もアラサーを迎えてからの事です。
苦手だった対象が、得意になったり、受け付けられるようになったりと考えると、歳を重ねて訪れる様々な変化というのは何も、嫌な事ばかりでは無いのかも知れません。
変化を楽しみに思える位の余裕を持って、自分の身体と付き合いたいものです。