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Don't Look Back in Anger

「ルックバック」を観る。
 今時藤本タツキの漫画が好きって言うと笑われそうな気もするが、俺は彼の作品が好きだ(刊行されてるやつはちゃんと全部読んでるよ)。
 思うに、藤本タツキの良さは大きく2つに分けられる。
 1つは彼の即物的で刹那的で現代的な俗っぽさを持つ大衆性だ。キャラクターは人目を憚ることもなく「セックスしたい」と叫び、ムカつく奴は5秒でぶん殴る。おおよそストレスを感じることがない。ファイアパンチなどまさにそれを突き詰めたような作品だった。ただひたすらに作者の快感原則に忠実に話が展開していき、あまりにも忠実なあまりあれよあれよという間に話がレールから外れていく。だが読者の俺は不満を感じることはなかった。自分の中の全ての欲望が満たされたからだ。
 2つ目は他作品からのサンプリングのセンスの良さとそれらを繋ぎ合わせるパッチワークの器用さ──言ってしまえば構成力の良さだ。彼は映画や漫画といったありとあらゆるものから自身の漫画を構成する要素を引用し、ストーリー展開や一コマの構図に至るまでに嵌め込んで作品を組み上げていく。そのモザイク模様の継ぎ目があまりにもスムーズ過ぎるので何か変で新しいものを読んでいると錯覚するが、彼は特に新しいことをしているわけではない。だがとても面白い。
 雑多で乱雑な要素を整理して組み上げて1つの作品として再構成し、読者の快感原則に忠実な作品として仕立て上げるというのはそれはそれで1つのセンスを要する作業なのだ。そして藤本タツキはその「記憶の再生産」の才能がズバ抜けている。
 もちろんそれはありとあらゆる作家がやっていることではあるが、彼ほど引用が直球な割にここまで作品が面白くなるというのは中々稀有なことだ。ある種タランティーノ的な面白さと言っていいだろう。
「ファイアパンチ」の1話ラストを思い出してほしい。あのクソデカタイトルドロップに俺は大層興奮した。あの手のタイトルドロップはもちろん過去にも存在したが、あそこまでベタベタで一歩間違えればダサくなる演出でありながらあそこまでカッコよく仕立て上げたのは正直驚きである。それは不遇な人生を歩んで来た主人公が復讐鬼として完成するスペクタクルが最高潮な場面をあそこに配置したからで、その興奮を成立させているのは藤本タツキの構成力に他ならない。
 而して、ルックバックに関して言えば彼の作品の中で、前述の構成力が最も光った作品と言えるだろう。
 直近に描かれた「さよなら絵梨」の、「現実と虚構が幾重にもレイヤーを成し、両者の境界がぼやけることで二つの見分けがつかなくなる」という構成のとりあえずやってみたかった感に比べると首尾一貫した軸が存在するのがいい。彼我。画面の外と中。覚醒と夢。混ざり合う現実と虚構の狭間を1枚の4コマ漫画が繋ぐマッチカットによる転換の見事さは、引用と言えど素晴らしいものがある。
 テーマ自体は「おえーっ」なものなんだが、その構成力が素晴らしすぎるせいでとんでもない名作に見えてしまう(実際構成力に関してはどうしようもない名作なんだ)。
 ファイアパンチが現状最も面白い藤本作品なら、ルックバックは現状最も優れた藤本作品と言えるだろう。
 
 んで、肝心の映画の方はというとだな、なんだろ。
 とりあえず制作者はすげー頑張ってたと思う。haruka nakamuraの無駄に壮大なBGMで泣かせにくるのはちょっと勘弁してくれと思ったが(こういうことされると天邪鬼な俺は「絶対泣かないぞ」などと思ってしまう)、構図といい編集いい原作の雰囲気を踏襲してなおかつ際立たせようとしてたように思ったのでそこはすごく良かったんじゃないかと思う。隣のおっさんも号泣してたし(もらい泣きしそうになった)。ただ間のとり方が俺とは合わなかったが(そこは個人の好みの問題)。
 あとBGMが鳴ってない時の、誰も物音一つ立てられずにいる、息の詰まるような緊迫感は久々に劇場で体験した(最近観に行った映画は全部客席がスカスカで音を立て放題だったのだ。バッドボーイズとか超面白いのに。かなしいね)。音楽が流れ始めた瞬間にみんなバクバクポップコーンを食べ始めるのがなんだか面白かった。
 それに客層が超若い。多分俺ですら年齢は上の方だと思う。藤本作品は若者に人気なのであろう。
 そんな感じ。
 100点です。



追記:やっぱりOASISの「Don't Look Back in Anger」がラストに流れなかったので-5億点。


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