ペット火葬の記憶
うだるような暑さの真夏の時期に、母と山奥にある葬儀場へ亡くなったペットを何回か火葬しに行ったことがある。
今思えば不思議だが、私の周りで誰かが亡くなるときは大抵夏の時期だった。
おじいちゃんもおばあちゃんも、親戚のおばさんも犬達も猫達もセミの声しか聞こえないような時期に旅立っていった。
そこのペット火葬用の待合室は薄暗く、事務所もかなり質素で狭い。受付の横に置かれた骨壷と骨壷カバーの見本と値段が余計にこの場所の無機質さを強調していたと思う。
火葬炉にペットを置いた時、これまで冷静でいられたのに「こんなに小さくなってたんだ」とか「この子の姿を見るのはこれで最後なんだ」とか突然思い始めてきて急に涙が出てくる。
焼かれるのを待っている間、売店で時間でも潰そうと思ったが案内されたのは都内のキオスクよりも更に小さい売店だった。冷たい飲み物は瓶のバヤリースオレンジしか無かったのでそれを買った。売店は一般の待合室と繋がっていて、こっちなんかより遥かに立派な装飾が施された通路がドア越しに見える。流石人間用なだけある。
バヤリース一瓶を母親と分け合った。今のところ、ここで飲んだバヤリースオレンジ以上に美味しいオレンジジュースを飲んだことが無い。二人とも泣き腫らした顔を見合わせながら「このバヤリース、めちゃくちゃ美味しいね」と驚いていた。
この後に母が何回かペットボトルのバヤリースとなっちゃんを買っていたが、あの時の水々しさには未だに出会えていない。
綺麗に刺繍された骨壷を抱え、セミの大合唱の中を通って帰っていった。