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「F1地上の夢」

海老沢泰久作品「堀内恒夫物語」の読みやすさに連れられて「F1地上の夢」(HONDA F1物語)を遥々80キロ先の古本屋さんで購入してきて読んだ。
話の内容と云うかHONDAのF1参戦ものは、雑誌や単行本で随分と読んでいるので新鮮なものではないし、そもそもこの本は単行本で既に読んでいる。
けど、楽しかったな…。
テンポが良い👍️ 私に合ったいるんだな…。
それは、文の長さや場面転換というか展開の仕方がドキュメンタリー映画を観ている感じになるからであろう…。
言葉も調べ直す必要がないレベルで…、まぁ、何かの拍子にある賞の選考員レベルの識者による書評が目に止まってしまったことがあって
「文学的ではない…、」
などもあったりしたのだが…、
「そうなんだぁ~?」
と一昔前のリプ語を浮かべたことがある。
さて、
戦後の混乱期に町のオートバイ屋さんががヒット作を当てて、レース参加を実験と実績とにしながら世界的四輪自動車メーカーへと発展する松下電器やSONYと並び評されるサクセスストーリー。
四輪自動車製作販売進出を目論む新興会社HONDAへの壁になる既存メーカー保護的規制諸々との戦い。
オートバイ時同様に世界的レースで実績をあげて技術力で認知させてしまう戦略。そして、叩き上げオヤジのオリジナル技術論優先模倣排除主義。
戦後日本の置かれた立場から最先端技術者の生き場として選ばれた感もあるHONDAというのも凄い。
社運を賭けてレースに臨むだけではなく、車社会の命運を賭けての技術革新に挑む。それは、創始者の本田宗一郎との技術論との戦いだけではなく、F1というヨーロッパ文化との戦いも壮絶である。
その揺るぎ無い信念実績自信が揺れた時には次世代に潔く道を譲る。
実際は、決して潔くでもなく泥沼の戦いの果ての敗戦かも知れない…。
先駆者であり牽引者であった者が
「ついて行けなくなった自分」
「駄目」「負け」
を認めてしまった瞬間に一気に離されいく…、藻掻いている自分を客観視できてしまった時…、その決断の姿は今の私に眩しく照りつけた。
そして、ピケ&マンセルがドライバーズ・チャンピオンを最終戦で落としながらもWilliamsとのコンストラクターズ・チャンピオン初獲得したところでこの話は終章する。
「現在」から読むと黄金期とされるセナ&McLaren時代やその後のレッドブルを知ってはいても、いい終わり時だったな…と思う。
しかし、「今」は
航空機や宇宙ロケット産業を止められていた日本の技術者が辿り着いた「HONDA・JET」プロジェクトまでもを彼の文章で読みたいものだと思った…。













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