【魔拳、狂ひて】爆発死惨 五
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衛は公園のベンチに腰掛け、待ち合わせをしている相手を待っていた。
昼間だというのに、公園の敷地内には誰もいない。
その理由は、天気が曇り始めたからというのもあるかもしれない。
だがこの公園は、利用する者が元々少ない。
仮に天気が雲一つない晴天であったとしても、おそらく誰も立ち寄ってはいないであろう。
衛は、その人通りの少なさに目を付け、よくこの公園を待ち合わせ場所に選んでいた。
特に、今回衛を呼び出した二人組──彼らと会談を行う場合、その場所は必ずと言っていい程この公園であった。
しばらくして、砂利を踏みしめる音が聞こえてきた。
「…………」
足音を聞き、衛が顔を上げる。
二人の男性が公園の敷地に入り、こちらを目指してゆっくりと歩み寄っていた。
片方の人物は、無精髭を生やした四十代程の中年男性。もう片方の人物は、その男性よりも一回り程若く見えた。
「よう。大分早いな」
「青木さん、ご無沙汰してます」
歩いてきた二人が、順番に口を開いた。
「おはようございます、山崎さん、川越さん」
衛は立ち上がり、二人に対して挨拶を返した。
無精髭の男が、山崎慎次。
若い方の男性が、川越俊作。
両者共に、現職の刑事であった。
山崎と川越は、以前とある奇怪な事件に遭遇し、『人為らざる者』の存在を知った。
そして、その事件を切っ掛けに、退魔師・青木衛と出会ったのである。
その時以来、彼らは協力関係を結んでいた。謎に包まれた事件の真相を突き止め、罪無き市民を守る為に。
「悪かったな、突然呼び出して」
山崎は顔をしかめながら、参った様に頭を搔いた。
「ちょっと変なヤマに当たっちゃいましてね。青木さんの力を是非お借りしたいんですよ」
川越が申し訳なさそうに口を開く。
二人の口振りに、衛は眉をひそめた。
「変なヤマ……? どんな事件なんですか?」
「ああ……これを見てもらえるか」
そこで言葉を区切り、山崎が複数の写真を取り出した。
どうやら事件現場の写真のようであった。
そこに写っていたものを目にし、衛が僅かに顔をしかめた。
──泥団子をぶちまけたかのように、アスファルトの地面に花を咲かせた血肉と糞尿。
──血濡れになりつつも、綺麗に原型を留めている被害者の四肢と生首。
そして──生気を失い、ただ虚空を見つめ続ける生首の瞳。
何とも凄惨たる光景であった。
「……酷いですね」
衛のその一言に、川越が重苦しい表情で答えた。
「ええ。……これは、歌舞伎町で起こったバラバラ殺人の現場写真です」
「お前も知ってるんじゃないか? ニュースや新聞は、この事件の話題で持ち切りだからな」
山崎の言葉に、衛は首を縦に振る。
その事件ならば、衛も耳にしていた。
──一昨日の早朝、歌舞伎町の路地裏で、若い男女の遺体が発見された。
遺体はバラバラに解体されており、衛が写真で見た通り、きわめて凄惨な状況であったという。
死亡していたのは、キャバクラ嬢の藤枝夏希と、ホストの西田雅人。
二人は交際関係にあり、暴行や恐喝等の行為を働いていたという噂もあることから、彼らに恨みを持つ者の犯行ではないかと考えられている。
「実はな……写真を見てもらったから分かると思うが、このバラバラ殺人、状況が普通じゃあないんだ。まぁ、バラバラ殺人って時点で普通もクソもないんだけどな」
「……そうみたいですね」
衛は写真を見ながら同意する。
「……両手両足と頭は綺麗に形が残ってるのに、何故か胴体だけがミンチになってる」
「ああ、その通りだ」
衛の言葉に頷く山崎。
その後に続いて、川越が補足説明をする。
「最初は、何らかの爆薬を用いたのではないかと考えられていました。ですが、現場の周辺や遺体の傷には、火薬の類を用いた形跡はありませんでした」
「爆弾じゃない……? じゃあ一体……」
「検死の結果、頭部と四肢は、刃物によって切断されたり、爆薬によって吹き飛ばされたのではなく、『何らかの強い力で千切れた』と言うことが分かりました」
「…………」
衛が眉をひそめる。
そんなことがあるのだろうか──衛はそう思った。
現場は狭い路地裏で、周辺には人体を引き千切るほどのパワーを備えた機械など無い。
では、人間が無理やり人体を引き千切ったのであろうか。
否。どんなに強い力を持っていたとしても、普通の人間には人体を引き千切ることなど出来るはずがない。
そう、『普通の』人間ならば。
「……だから、私に?」
「ああ、そうだ」
山崎と川越が、同時に頷く。
二人が今行っているのは、民間人への重要な情報の漏洩であった。
警察関係者がそんなことをしたということが発覚すれば、警察への信頼が大きく薄れる。
当事者の二人も、減俸程度の処分では済まない。
最悪の場合、懲戒免職の可能性も有り得るであろう。
山崎も川越も、それは重々承知していた。
だが二人には、『民間人を守る』という強い信念があった。
自分達の地位や職を失っても、絶対に守ってみせるという強い思いがあった。
この事件の犯人は、何か特殊な力を持っている。
警察には、この犯人を捕まえることは無理であろう。
だが、このままでは無関係の市民まで犠牲になってしまうかもしれない。
それだけは、絶対に許せない──そう思っていた。
故に二人は、衛への依頼を決断したのである。
「俺達は今後も捜査を続けるが、おそらく、この事件の犯人は化物だ。警察の手に負える相手じゃない」
「お願いします、青木さん。引き受けて頂けませんか?」
「…………」
山崎と川越がそう頼み込む。
それを見て、衛は沈黙する。
じっくりと黙考し──やがて衛は、口を開いた。
「……分かりました、お引き受けしましょう」
その言葉に、山崎と川越が顔を上げる。
僅かに安堵したような表情が浮かんでいた。
「そうか……すまん、青木」
「青木さん、ありがとうございます……!」
「いえ……。ところで、犯人の目星はついているんですか?」
衛が問い掛ける。
その言葉に、二人の表情が僅かに曇った。
「それなんだが……被害者に恨みを持っている人間は何人かいるんだが、ハッキリとした見当はまだついていない。一番可能性が高いのは、最近まで藤枝夏希の恋人だった宮内隆史なんだが……」
「自宅を訪問してみたんですが、宮内は数日前から行方をくらましていて、未だに見つかっていないんです」
「そうですか……」
二人の説明に、衛が若干眉をひそめる。
衛は、ニュースや新聞の報道でしか事件のことを知らない。
その為衛は、とにかく情報が必要だと感じた。
事件の詳しい概要、被害者の人となり、そして殺されるに至った背景。
それらの情報から、犯人へと至る手掛かりを掴む必要があった。
「宜しければ、その宮内に関する情報をいくつか頂けませんか? 被害者二人と、彼らと近しい人物に関する情報も一緒に」
「ああ、分かった──」
真剣な眼差しで頼む衛。
それを見て、山崎も真剣な表情で頷いていた。