武田道志郎
時は現代。科学の飛躍的な進歩により、人々は、太古より信じられてきた超常的な存在を否定するようになった。だがその陰では、妖怪や怨霊、超能力者といった『人智を超えた存在』が暗躍していた。 しかし、それらに対し真っ向から立ち向かい、次々に殴り倒す男が存在した。 彼の名は青木衛。謎の武術を習得し、小柄な体の内に特異な力を宿した、悪人面の退魔師。ある時は依頼人のため、またある時は己の目的のため、今日も彼は拳を振り上げる。果たして、彼は一体何者なのか?そして、多くの修羅場、死闘を乗り越えた先にある、彼の目的とは……? 唸れ拳脚! 巡れ抗体! 外道を討つべく、魔拳よ狂え! ※なろう版:https://ncode.syosetu.com/n9628cb/
4 衛は公園のベンチに腰掛け、待ち合わせをしている相手を待っていた。 昼間だというのに、公園の敷地内には誰もいない。 その理由は、天気が曇り始めたからというのもあるかもしれない。 だがこの公園は、利用する者が元々少ない。 仮に天気が雲一つない晴天であったとしても、おそらく誰も立ち寄ってはいないであろう。 衛は、その人通りの少なさに目を付け、よくこの公園を待ち合わせ場所に選んでいた。 特に、今回衛を呼び出した二人組──彼らと会談を行う場合、その場所は必ずと
3 ──某所マンション、二〇三号室。 その玄関の扉を衛が開くと、中から味噌汁の芳醇な香りが漂ってきた。 「ただいま」 「おかえりなさーい!」 帰宅を告げる衛の言葉に、明るく無邪気な声が返って来る。 それからしばらくして、奥から幼い少女が駆け寄って来た。 ロールされた眩しい金髪に、綺麗に整った顔立ち。そして、エプロンの下でふわふわと揺れる、嫌みのない品の良さを感じさせるドレス。 西洋人形の妖怪にして、衛の助手──マリーであった。 「もうご飯出来てるわよ! 今日のお味
両者は、そのまましばし睨み合った。 雄矢の構えは、左構えである。 腰を低く落とし、両腕の間を開き、拳を握っていた。 対する衛は、右構えであった。 開いた右掌を相手に向けてかざし、左手は丹田を隠すように配置している。 防御や反撃を主体とした闘い方をする際に、衛が最も用いる構えであった。 構えてからしばらくして── 「ふんっ!」 ──雄矢が動いた。 左正拳。 牽制の為に放った突きであったが、直撃すればそれだけで悶絶する程の威力を纏っていた。 「……!」
2 早朝──冷たく引き締まった空気に満ちた、寂れた神社の境内。 そこで、一人の男が鍛練に勤しんでいた。 「フンッ……!」 その男──青木衛は、短い呼気と共に、冲拳を放ち続けていた。 ただ闇雲に突き出すのではない。歩型の安定、丹田への意識、身体の連動、重心の配分、呼吸のタイミング、拳の軌道、勁力の伝達──様々な要素が上手く噛み合っているかを思考し、突くのである。 この数時間の間に放った拳打の数は、九百を優に超えている。 しかし、衛の様子からは、疲労の類は一切見られな
1 若い男女が、濃厚に唇を重ね合っていた。 時刻は午前四時を回っている。その上、ここは人目につかない路地裏の奥。見咎める者など、誰もいなかった。 「……っはぁ……ンっ……ふぅ……」 派手なドレスに身を包んだ女が、一度顔を離し、吐息を漏らす。 刃物のような美しさを持つ美女であった。 女の内面をそのまま形にしたような、美しい顔立ちであった。 「っ……へへ……」 男が顔を歪めて笑う。 顔立ちは整っているが、がらの悪そうな顔であった。 年は
8 静まり返った部屋の外から、雨音が流れ込んでいる。 雨の勢いは一向に衰えることはなく、地面や建物を打つ激しい音が聞こえていた。 「…………」 ソファーに座りながら、マリーは虚ろな表情を浮かべていた。 相変わらず、その瞳は何も写してはいなかった。 「…………」 その様子を、衛は背後から見つめていた。 気持ちの整理がつくまで、言葉を掛けず、そっと見守っていた。 ──君島宅を訪問した後、二人は衛のマンションへと帰宅した。 マリーはその
7 「ほう、東京から……。それはそれは、遠い所から遙々、お疲れ様で御座いました」 座敷に正座する、 皺と白髪を蓄えた男性。 その人物は挨拶をすると、恭しくお辞儀をした。 この家の家主にして、北村さつきのかつての担任教師、君島和久であった。 「いえ……こちらこそ、突然押し掛けてしまいまして、申し訳ございません」 衛の方も、丁寧にお辞儀をする。 それに倣い、隣に座るマリーも、黙ってお辞儀をした。 君島はそれを見て、嬉しそうに笑った。 「いやいや
6 「フンフンフーン、フンフフーン♪」 上機嫌で鼻歌を歌うマリーと、いつも通りの仏頂面をぶらさげた衛。 二人は今、白浜第三小を後にし、君島の自宅へと向かっていた。 彼らが小学校を出発する際に、林田は車で送ろうかと申し出てくれた。 だが衛は、これ以上お世話になってしまっては申し訳ないと、丁重に断ったのである。 林田が書いてくれた地図によると、君島の家は、小学校から歩いて十五分ほどの場所にあるようであった。 幸い、外は曇り空であったが、まだ雨は
5 白浜第三小学校の校長室。 衛とマリーは現在、校長室内のソファーに並んで座っていた。 机を挟んだ向かいのソファーには、白髪交じりで、厳めしい顔付きをした男性が鎮座している。 当然、林田校長であった。 厳格──林田と対面して、衛が最初に抱いた印象は、その二文字であった。 「青木衛と申します。ご多忙中、突然お邪魔して申し訳ありません」 衛が挨拶をし、林田に頭を下げる。 「ま、マリーです。こんにちはです」 その後に続き、マリーが挨拶をする。
4 翌朝。 普段ならば、衛は朝食の前に軽いトレーニングを行うのだが、今日は休むことにした。 起床後、二人はまず顔を洗い、昨晩の残りのカレーを温め直し、簡単な朝食をとった。 それが終わると、食器を素早く洗い、書斎に置いてあるパソコンを起動させた。 「まずは、さっちゃんにつながる情報を探してみよう。さっちゃんのフルネームは分かるか?」 椅子に座った衛が、傍らのマリーに尋ねる。 洗濯してピカピカになったドレスをまとったマリーは、その問い掛けを受けて唸り
3 その少女──マリーは、静まり返ったリビングのソファーの上で目を覚ました。 「ん……うう……」 自分は何故こんな所で寝ているのか。 そもそも、ここはどこなのか。 少女の記憶は若干混乱していた。 「気が付いたか」 唐突に声が掛けられる。 少女は、声のする方向に顔を向けた。 その可愛らしい顔が、恐怖で歪んだ。 「え──ぎゃあ!?」 「人のツラ見るなり『ぎゃあ』はねえだろ」 少女の視線の先──机を挟んだ向かいのソファーには、悪人面の青年が座ってい
2 某所のマンション、二〇三号室。 その中にある和室で、一人の青年が座禅を組んでいた。 「…………」 退魔師、青木衛である。 白の練功用カンフーパンツに、黒のTシャツというシンプルな出で立ちであった。 顔には無数の汗の粒が浮いており、時折、線を描くように首元へと流れていく。 凶悪な妖怪すら怖れる彼の目は今、静かに閉じられている。 彼の規則的な呼吸音のみが、和室の中に響いていた。 衛は現在、自身の気を練り高める、仙術の鍛練法を行っていた。 彼
1 ──……マリー……マリー……──。 声が聞こえる。 女の子の明るい声が、あたしを呼んでいる。 その声を聞いて、あたしの心臓がトクンと高鳴った。 あたしの大好きな女の子。 あたしの大好きなお友達。 あの子が呼んでいる。 眠ってる場合じゃない。 眠ってなんかいられない。 今日もあの子に会いに行かなくっちゃ。 ──眠りから目覚めると、目の前に、お日様みたいに笑っている女の子がいた。 女の子は、大好きなママのまねをするように、あたしに優しく声を掛けた
「……ッ」 ──空気が張りつめている。 双方が発する殺気が、辺りに充満していた。 衛は、構えたまま全く動かない。 三兄弟もまた、その場に佇んだまま、全く動かなかった。 ──否。一人だけ、微かな動きを見せる者がいた。 剣次郎である。 彼は今、全身をぶるぶると震わせていた。 恐怖から来る震えでもなければ、武者震いでもない。 怒りから来る震えであった。 衛の挑発により、剣次郎の腸は熱く煮えたぎり、爆発寸前であった。 「……こンの……クソガキがァ……」 剣次
8 三兄弟が渋谷で起こした惨劇から、今日で十日が経過していた。 時刻は丑三つ時。薄暗い闇夜に、鳥や虫の鳴き声が騒がしく木霊していた。 「ああああああ退屈だな畜生ォ! 何で退魔師が誰も来ねェんだよ!!」 「待てども待てども現れん! 退魔師は腰抜けしかおらんのか!!」 「……騒がしいぞお前達。少し静かにしたらどうだ」 子供のように癇癪を起こす剣次郎と剣三郎を、剣一郎が落ち着いた声でたしなめた。 彼らは今、とある山奥にある空き地に潜伏していた。 この十日
7 「──あああああああああああああああああッ!!」 己を苛む悪夢から逃れるように、斉藤正弘は絶叫を上げながら、ベッドから跳ね起きた。 両目を見開き、全身の毛穴からは、べっとりとした嫌な汗が噴き出していた。 「はぁ……はぁ……っ」 荒く息をしながら、ゆっくりと目を閉じる。 平静を取り戻すのを待ってから、おもむろに窓の外を見た。 外はいつの間にか、土砂降りの雨が降り注いでいた。 時折雷鳴が轟き、薄暗い景色を照らしている。 風も吹き荒んでおり、開けっ放しになって