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インテリが報われない社会

 イリヤ・ポヴォロツキー監督作品『グレース』を観た。見るからにロシア作品。全編不穏な空気に満ちているのになぜか現実離れした神秘性があり、殺伐とした風景を映しているのに人物も含め詩的に見える。この世の終わりとリアルな実生活が紙一重な描き方。こういう芸術映画は今どき珍しいのだから、正しく評価してもらいたい。ストーリー? 集中して鑑賞しないと汲み取れないよ。セリフはいくらもなく、説明的シーンもないから鑑賞者が目を凝らして見ないと何の話が進んでいるのか追っていけない。でも話は極めて現代的且つロシア的。
 宇宙人がモスクワに住んでいた20世紀の終わりには、ソ連崩壊後の経済破綻で社会があべこべになり、国立大学卒の秀才が仕事にありつけなくてキオスクでウォッカを売っているという種類のあべこべが日常となっていた。逆に何の知性も善意もない人間が詐欺まがいの商売で大儲けしては酒池肉林しガッハッハという醜悪な風景を同時に見せられ、宇宙人はこのカオスにギブアップして出国したのであった。それと近似の情景を、この映画で再び見せられることとなった。社会の底辺を生きる主人公の父娘が、余暇に古典的文学作品を読んでいるシーンが象徴的だ。彼らは30年前にキオスクでウォッカを売っていた報われないインテリと同じ身の上なのだった。つまり30年経っても同じ問題を抱えている。

 この映画はコロナ中に撮影された、ウクライナ侵攻の前の作品なので、西側から制裁を受ける前の好景気に沸くロシアの暗部を描いているのだが、日本を含む昨今の世界を見るにつけ、ロシアに限った話ではない気分にさせる。
 先週の衆院選では与党が大敗したが、だからと言って野党が信頼されたわけではなく、政治不信は相変わらずで、ただ与党の体たらくにお灸を据えたい有権者らが消去法で野党に投票しただけなのだ。それをよく判っていない政治家の顔が見苦しく、宇宙人はずっとニュースを見ていない。政治家、特に石破首相の顔を見ると気分が悪くなるのでニュースは全く見なくなった。そうしたら最近はCMにあの顔が映るようになった。まるで読みたくもない「あなたへのおススメ」をスマホでうっかり見てしまった時のようなウンザリ感を強いてくる。実に不愉快なのだ。

 米国ではセクハラ・トランプとパワハラ・ハリスが「カレー入りウンコか、ウンコ入りカレーか」の戦いを繰り広げている。ヨーロッパも似たような状態だ。しかし伊藤貫氏は、トランプに並んで副大統領候補となっているヴァンス氏に注目している。唯一知的でマトモな人だという。
 「ヴァンス氏は哲学が専攻のインテリだが、出身は貧しく、もとは大学に行けずに高卒で海軍に入隊した。その時イラク戦争に従軍したのだが、あまりに頭が良すぎて海軍の上司が戦場で死なせるのを惜しいと思い、ヘッドクオーターに大抜擢し、更に広報の仕事をやらせたら、見事に職務を遂行した。除隊後は大学入学資格が得られたので、進学して哲学を学び、卒業後は法律の仕事に就いて、最高裁の判決文などを書けるレベルの仕事をこなした。ブルーカラーの支持者が多い共和党にこういうハイレベルなインテリがいることは、ホワイトカラーの支持する民主党にとって具合が悪い。でもヴァンスの言うことは理屈に適った正論ばかりで、民主党の論客は太刀打ちできない。ウクライナへの支援をやめて戦争を終えさせることがいかに米国に利するか、ウクライナにとっても悪い話でないか、戦争継続がどれほど米国のデメリットになるかを理詰めで語るので説得力がある。正義だとかイデオロギーだとかの感情論に訴えない理性の人だ。このヴァンスがトランプのトンデモ発言や「公約」を、持ち前の知性でことごとく理路整然と根拠(そんな根拠はトランプ自身も持ち合わせていないのだが)を並べて「正論」に仕立て上げるので、結果的にトランプのトンデモ政策をマトモな政策に変える力がある。このヴァンスを米国の陰のリーダーにするためなら、トランプが当選してもいいかもしれない」と絶賛。
 何より宇宙人には、「あまりに頭が良すぎて海軍の上司が死なせたくないと思って異動させた」というくだりが輝いて聞こえた。それほどの知性に驚愕するし、またこの上司の態度も立派である。結局こういう実務の人たちが国を下支えしているんだよね。大統領や首相なんかは誰でもいいんだよ。要は本当に賢い市民や正しい判断のできるインテリが、その知恵を活かせる場を世の中に与えられているかどうかだ。ヴァンスのような人物が「報われないインテリ」にならない米国であるならば、確かにロシアよりはマシな国なのだろう。米国大統領選はもう来週なのだ。

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