
ハーバリウムの寿命考から
図書館でハーバリウムの入門書を見つけた。小洒落た細長い小瓶の中に彩りよく配置された可憐な草花が、透明な液体に閉じ込められて陽光に輝いている様子が表紙になっていて、心惹かれるものがある。ハーバリウムは花屋やインテリア店でしばしば見かけたことはあったが、どうやら趣味の範囲で自作できるものらしい。本をめくると初心者向けの材料の集め方も指南してある。ほう、プリザーブドフラワーも使えるのか。友人の花工房見学がタイムリーだったので、宇宙人も手近な素材でやってみようかなと思い、友人に問い合わせてみた。
「オイルに埋まっているのに寿命が1年程度と書いてある。もっと半永久的に長もちすると思っていたのだが、そんなもんかね?」
「ちゃんとした素材を使って正しい環境で作ればもっと長もちする。専用のオイルなら黴びることはないが、ベビーオイルなど代用品を使うと余計な水分が混じっているから、やがて黴びてくる。花材にも湿気やゴミやカビが付着していると、黴びの原因になる。また花材の染料やコーティング材が油性だと、オイルに溶け出して汚れていく」
なるほど、さすが花加工の専門家である。こういう知識は入門書には書かれていない。「専用のオイルを使え」とは書いてあるが、その背景にある理由までは書いていない。オシャレな小瓶作品を作ることと、その制作の為の材料を消費者に買わせることを目的とした本だから、逆に作品が長もちしてしまっては困るのかもしれない。早く劣化させて、早く次の材料を買ってもらおうという発想は、旧ソ連時代の電球が新品なのにすぐに切れた話を思い出させる。
工業生産を国家が完全に管理していたかの国では、余剰や在庫があると国家計画にとって都合が悪いので、電球などの消耗品は早めに寿命を迎えるよう設計され、次の生産計画でだぶつかないよう調整していたという。当時は「なんと無駄な生産をする国だろう」といくらも使えない電球その他の品質に呆れたし、こんなことを続けているから国家が崩壊したのだと納得したものだが、今日では我々資本主義陣営も似たような道を辿っているから驚きだ。
もはや日常生活に欠かせない百均の商品は、その安さからすぐに壊れても文句は言わずに捨てて新品に買い替えるという現代の習慣を根付かせたし、電池なんかも宇宙人が子供の頃より寿命が短くなった気がする。一方で、我が家の台所と浴室の蛇口は使用十年で水漏れが始まったので業者を呼んでレバーを新品に取り換えてもらったが、この蛇口に合う型番のレバーはもう製造していないので、在庫が尽きれば壁面工事から始める大掛かりな修理となるだろうと助言された。いやでも新製品を買わされ、それに見合う工事を頼まなければ水道も使えない。そんな世の中になっているのだ。これを便利な世の中と呼べるのか。旧ソ連の電球を笑えぬではないか。
友人は、「市販のハーバリウムはちゃんとした材料でちゃんと作っている品だから長もちし、素人の安易な手作りより高値であってもよく売れるのだ」とまっとうなことを言って締めくくった。その通りだな。正しい知識に基づいて作られた製品には、その知識に見合った相応の対価が付いて当然なのだ。
なおプリザーブドフラワーは、ドライフラワーに比べて圧倒的に繊細で、強い直射日光に当てると三日で褪色し、水に濡れると劣化するという。でもドライフラワーにない明るい色を付けられるのが特色なのだ。ドライフラワーはどうしても暗く枯れた色になるからね。(※この「三日で褪色」という部分を訂正します。花材によりけりで、標準的なものは10日過ぎから褪色が始まるとのこと。実験環境が日差しの強い土地だったことを考慮すると、標高の低い都会ではより長持ちするだろうということです。2024/09/12)
そんなわけで宇宙人のハーバリウム制作計画は早々に頓挫したのであった。まあ部屋を花で飾る方法は他にもあるさ。百均で売ってる気の利いたフォトフレームに、ミニチュアの籠や帽子を貼り付けて、そこにプリザーブドフラワーなりドライなりを挿したり生けたりしてもいい。時計を付けて壁時計にしてもいいし。決め手はデザイン力なのだ。
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