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算命学余話 #U81「癸は終焉を司る」/バックナンバー

 算命学の根幹である五行論は、木火土金水の五行の相互関係を基に論を展開しています。五行はこの世の空間を埋めているさまざまな自然物質を木火土金水の五要素に振り分けたことに始まり、木が燃えて炎となり、炎が燃え尽きて灰(土)が残り、灰が固まって岩石となり、岩石の間から水が湧き、水が樹木を育てる、という自然現象に則した循環思想を基礎に、自然の一部である人間がどのように生きればより自然な生き方となるかを示唆しています。
 人間の指が五本であるように、あらゆるものを五という数に分類するのが五行説の特徴です。算命学でよく問題にされる人間の本能・欲求のことを五徳と呼びますが、これは福寿禄官印を木火土金水に対応させたもので、その順番もまた不動です。

 福は人間が生きていく上での基本的な幸福つまり自己維持を意味し、波乱なく安定した状態を指しています。本来人間は、危険なく安心して暮らせているなら既に充分幸せであるという思想がここにはあります。しかし諸行無常を是とする算命学は、こうしたささやかな幸福感だけではいずれ人間が不満を抱くことを看破し、自己維持が満たされた場合の次の欲望として寿=生殖欲を充てました。昨今は高齢出産が恒例になってきておりますが、本来生殖は生殖可能になってから早い時期に遂行されるべきで、その方が育てるほうもまだ若くて力があり、沢山の子を儲けられ、遺伝子の質としても健康なのです。著名なスポーツ選手の多くは20歳前後の若い母親から生まれているというデータもあります。算命学もこれを支持し、なにしろ自然思想がご本尊ですから、人工授精やら代理出産やらといった不自然な妊娠分娩を忌む立場にあります。

 さて首尾よく子供を儲けたら、次は禄=金儲けの算段です。家族が増えることで食い扶持が増え、一家はより稼がなければならなくなります。大きな家にも住みたいし、家族分の衣類や家具もいる。人間の欲望は増大し、五行中央に位置する土性つまり地球の引力が家計と家族愛を引き寄せます。このため禄は中央になければならないのです。人生もまた、一番の働き盛りは30代40代です。
 ここでも首尾よくひと財産築けたとします。すると年齢は既に50を過ぎ、子供も独立し、もうがむしゃらに稼ぐ必要もなくなっています。ここで次の欲望は官=名誉へと移り、人から称賛されたいという願望が出てきます。禄を満たすためには健康な体(寿)が資本でしたが、官を満たすためにはある程度の財産(禄)が必要です。大金持ちは人格者でなくとも周囲から一目置かれます。清貧の聖者というのは非常に稀な存在で、俗世に生きる我々は財産持ちに群がり、その財がどこへばら撒かれるかに注目しています。それが権威と呼ばれるもので、官はまさしく権力の威力というわけです。権力者のツルの一声で資産家は財を増やしもし、奪われもします。だから禄の次に官があり、財産持ちは権力者にすり寄っていくのです。

 しかしそんなシニカルな人生もぼちぼち終焉に向かい、老境に達すると人間は欲が薄れてきます。財も名誉も老人には疲労の元であり、食欲も性欲もとっくに失せて、晴耕雨読が晴読雨読の日々となり、それが喜びとなる。印=知性の時代です。自分の人生を振り返り、性欲、金銭欲、名誉欲とたどったわが人生が一体なんであったのかを考える余裕があることが印の条件であり、老年に至っても世俗の欲望に囚われたままであるなら印には到達できません。このため印は五徳の中でも最も遠い最後尾に位置しているのです。
 もしこの印の境地に至ることができたなら、知性の最高峰である哲学は人間とは何か、人はなぜ生まれてきたのか、この世の仕組はどうなっているのか、であるので、その答えの先には究極の幸福が待っています。悟りの境地というわけです。幸福はすなわち五徳の第一要素である福=木性に当たり、五徳は一巡します。その頃には人間は人生を終え、輪廻するのか子孫を残すのかは定かではありませんが、また新たな生命として生まれて木性のスタート地点に立ち戻ります。

 循環思想であるにもかかわらず、五行が木火土金水と常に木性から始まるこの順番であるのには、意味があります。上述のとおり五徳に当てはめると、最後尾の印(水性)が人間の欲望の最終形態であることはなんとなく理解できるのですが、樹木を育てる水が最終形態という考え方には幾分腑に落ちないところがあります。しかし五行説は五徳なり、五臓なり、五色なり、五感なり、木火土金水に対応する各要素がそれぞれ性質を共有すると考えますので、水性はやはり最終形態であり、悟りを得て人生を終えた印が再び生まれて福に立ち戻るように、先頭の木性に戻るには越えるべきハードルがあるのです。
 今回の余話はこの五行循環の最後と最初を結ぶ点に焦点を当て、具体的には十干の最後である癸の特性について考察してみます。

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