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フジコ・ヘミング入りカバン

 琵琶の稽古アイテムは、楽譜とCDと録音機である。五線譜ならぬ四線譜に手書きで書き込んだ楽譜には、琵琶のどの弦をどう鳴らすかを示した記号と歌(語り)の文句が表示されているが、琵琶の弾法はともかく歌のメロディーはこれでは全く判らない。情報が少なすぎるのだ。そのため現代の弟子には、先生が演奏した演目を録音したCDが楽譜と一緒に配られる。これを自宅で聴いて節回しをおさらいし、複雑なメロディーを文字にして譜面に書き込み、覚えるのだ。更に稽古中の先生の細かな指示を忘れぬよう、稽古の最中に録音機を回し、これを持ち帰って自宅で再生・復習する。昔はCDも録音機もなかったから、弟子は先生との稽古で得られる直接音源を頭で記憶して再現するしかなかった。場合によっては楽譜もない時代もあっただろう。
 かように現代人は恵まれている、はずである。しかしこの秋から宇宙人が稽古を始めた演目にはCDがない。どうしてないのかな、先生。珍しい曲でもないのに、焼き忘れましたか。というわけで稽古の現場で録音した、全曲の1/4ほどの部分を持ち帰って復習するしかない宇宙人。いつもなら革カバンを縫いながら延々とCDを流し聴きして頭にメロディーを写し込むのだが、今回はそれができない。しかし折よく革カバンの依頼が来た。手作業の最中は、目は離せないが耳は空いている。縫製時間は約10時間と長い。何か聴こう。
 というわけで、画像の赤ハラコのフラップ付きカバンは、今年四月に亡くなったピアニスト、フジコ・ヘミングの「ラ・カンパネラ」他を収めたCDを聴きながら縫い上げた。CDもピアノもハイパーソニックの出る音源ではないが、フジコ・ヘミングの演奏にはやはり宇宙人の心の琴線に触れるものがある。根源にあるのは圧倒的な悲しみだろうか。丁寧に作り上げたものが粉々に打ち壊されるような理不尽な遭難を繰り返し経験すると、ああいう演奏になるのだろうか。「あまりに泣き過ぎてもう今では涙が枯れて出なくなった」と本人が語っているが、宇宙人はそこまで泣いたことがないのでその心境は想像の域を出ない。皆さんはどうですか。「もうこの先涙は一滴も出ない」と断言できるほど泣いたことがありますか。そんな悲しみのレベルに至った老齢ピアニストの奏でる波動が、わが革カバン作品には幾ばくか沁み込んでいるのであった。

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