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【Medical Emergence Talk】#8〜世の中は「痛みの勘違い」で溢れている(前編)〜

今回から数回に渡ってお届けする対談のテーマは「痛み」
世の中の常識となっている「痛み」の対処法は、実は間違いだらけだった!目から鱗の「痛み」の新常識を手に入れて、痛みをコントロールできるようになっていきましょう!

今、「痛み」のパラダイムシフトが起きている!

川尻:今日のテーマは、「痛み」。朱田先生は整形外科医でもありますし、僕も痛みの治療をしているので、「痛み」について話をしていけたらなと思っています。かなり深い話になるので、連載でお届けしましょうね。

朱田:痛みに関する知識のアップデートと、世の中には誤情報が溢れているので、その誤解や不安を解くような話ができたらと思います。

川尻:「痛み」に関して、世の中の勘違いってすごいですよね。

朱田:はい。痛みに対して、世の中の一般的な人が思う「痛み」の認識が古いままで、新しい痛みの知見を全然反映できてない。全然、浸透していないという難しさがありますよね。

川尻:ご存知ない方もいると思うので、「新しい痛みの知識」を簡単に説明をすると・・・今までの痛みの感覚はの常識は、『末梢にある組織や神経がダメージを受けることそのものが痛みになる』というものでした。例えば、「手首が痛いです」ってなると、手首に何らかの異常があって、そこから痛みの感覚の入力があると言われてた。ところが、ここ20年間で科学的にその常識が覆された。パラダイムシフトがおきました。

朱田:大きな転換期ですよね。

新常識「痛みは情動」ってどういうこと?


川尻:
新しい常識は、『痛みは、痛みがある箇所だけの問題ではなく、その方が置かれてるあらゆる状況を脳が理解をして、その解釈の結果作り出す経験だ』という話になってきています。最近、痛みの国際的な定義もアップデートされましたよね?

朱田:痛みは情動である」ですよね。

川尻:そうそう。調べてみると・・・『痛みについての国際的な学会・国際疼痛学会で「痛み」についての定義が41年ぶりに改定されました』とありますね。

参考)一般社団法人 日本ペインクリニックHP


川尻:
この定義の中で、
「(痛みは)実際の組織損傷もしくは組織損傷が起こりうる状態に付随する、あるいはそれに似た、感覚かつ情動の不快な体験」と定義されています。つまり、痛みは、けがをしたときや原因となる明らかな病気があるときに起こるものだと思われていますが、痛みには脳が深く関わっていて、原因となる病気やけががなくても、脳で痛みを経験することがある。そして、これが痛みを長引かせる原因のひとつになっている。ということを言っています。

朱田:最近、学会でも少しずつ、このトピックが扱われるようになりました。また、稀に外来の患者さんで、「痛みは脳から来るんですよね」っていう人もいたりするんで、ちょっとずつ「痛みは情動」という認識が広がってきているのかな・・って感じますね。

川尻:確かに、最近ちょっとずつ、広まってる感もありますよね。

朱田:あります。よく考えれば、当たり前の事を言ってますよね。
例えば、視覚は網膜がとらえた情報を、視神経を通って脳の後頭葉の方に飛ばし、脳内で映像が作られる。だから、私たちが認識してる外の世界は、脳内で作られているイメージなのです。眼球自体は、情報を集めているだけで、何もしていないですよね。感覚の入力は全部全て同じですよね。

その情報が、痛みとに変換されるか、気持ち良い刺激に変換されるかは、
単に脳内での認識なんだなって。素直に考えたらそりゃそうだと思うんですけど、伝えるとなると、結構難しいんですよね。


痛みの感じ方は自分でコントロール出来る

川尻:めちゃくちゃ難しいと思いますよね。僕は、最近、痛みの説明をするときに、「ストレスバケツ」を使います。

ストレスバケツのイメージ図

「脳の中には、日常で感じる様々なストレスを貯めるバケツのようなものがあって、ストレスがバケツから溢れてしまうと、人は痛みとして感じるようになるんですよ」と伝えます。

ストレスバケツは科学的ではないけど、患者さんがイメージしやすいんですよ。「あなたにも痛みをコントロールできる要素が沢山ある」ことに気づいてもらえるように、こういった図を使いながら説明しますね。

診察時間3分!整形外科医の理想と現実

朱田:なるほど。僕らみたいな整形外科の外来だと、説明にどのくらい時間をかけられるか?が課題なんですよね。

川尻:やっぱり1人当たりの診察時間って、どうしても短くなりますもんね。僕なんか、痛みの説明に1時間かけていますからね。

朱田:大体、外来だと午前中で20人から30人ぐらいを診察します。
そうすると、一人にかけられる時間は3分程度。その中で全部を伝えるのは、ほぼ不可能なんですよね。

川尻:不可能ですよね(笑)

朱田:ちゃんと理解してもらうまで説明しようとすると、1時間かかる内容なので、痛みに理解が深くない先生や、丁寧ではない先生が、3分で患者さんを納得させるには、「軟骨のすり減りが原因ですね。」と伝える方が楽ってことになっちゃいますよね。

川尻:うーん。「痛みとは何か?」を知ることは治療でもあると思うんですけどね。3分では、患者さんに良い知識の提供が出来ないからといって、「軟骨が・・・」と説明してしまうのは、間違ってるんじゃね?って思っちゃうんすけど。

朱田:本来は正しく伝えるべきだと思うんですけど、現実的には難しいですよね。

川尻:時間の制限があって現実的にできないのはわかるんですけど、だからと言って、間違っている事を伝えるのは違うやんって思うんですよね。お医者さんの言葉って、患者さんにとって影響が大きい。その一言によって、問題が深くなったりもするから。

何を信じる人なのか?で治療の正解が変わる

朱田:僕も何が正解なんだろう?って考えた時期があって、たどり着いた答えが1個あるんです。それは結局、受け取り側の患者さんが、何を信じるグループなのかを理解するっていうことだと思うんですよね。「痛みは筋トレで治る!」なのか、「サプリメントで治る!」なのか、どんな思考を信じるグループなのか?

例えば、「あなたの痛みは、先祖の怨霊だ」と信じる、国なり団体があるとしますね。その人たちを診察をした時に、「痛みは情動」という話をしても、きっと全く通じない。

川尻:はいはい(笑)

朱田:その人たちに対しては、怨霊の話をして痛みを理解してもらうのが、正しいアプローチとなってしまうわけです。
 一方で、正しい知識を教育されている集団なり国なりがあって、そこに対して、「あなたの軟骨が削れてるから痛いんですよ。」と言っちゃうのは間違いだと思うんです。今の日本は両方がミックスされていて、科学的な知識が正しいという教育をしながら、うまく教育が進んでいない。だから過渡期なんだろうなと思うんですよね。

川尻:伝える側が正しい理解をした上で、「先祖の怨霊が原因だよね」と信じる方に合わせて話をしてるんであれば、僕はいいと思うんすよね。

朱田:でも、伝える側も怨霊のせいだと信じていて、正しい知識や、最新の知見を知らない状況は問題だと思うんですね。プロとして。

川尻:もう一つ問題は、その怨霊のトップとそのサイエンスのトップが、同じ資格で、同じ格好を着て、同じ場所で働いてることなんですね。ミックスされていて、患者さんからは見分けがつかない。

朱田:そうですね。

川尻:それが、全く違う資格で、違う看板でやってくれてたらいいんですけど。どちらも、お医者さんっていう白衣を着て、同じ箱で同じように仕事をしてることが僕は問題だと思うんですよ。

朱田:それはその通りですね。でも、残念ながら現実的には、「膝が痛い=軟骨のすり減り。筋力が足りない」と診断するドクターがマジョリティーで、僕とか川尻さんみたいな人は、マイノリティーなんすよ。これは、しょうがないんですよね。

川尻:何か新しい物事が始まるときって、絶対そうじゃないですか。全てマイノリティから始まるわけであって。確かに道は険しいなと思いますけど・・・でも、ここ数年で、急速に変化をしているとも感じます。

朱田:そうですね。僕の視点に立ってみると、正直、それが怨霊だろうが軟骨だろうが、脳の反応だろうが、患者さんの痛みが改善してくれればそれでいい、いいわけですよ。

川尻:そうそう。やりたいことが出来るようになって欲しいだけ!

朱田:「軟骨が増えたかどうか」とか、体の中で何が起きているかは問題ではなくて、結局、アウトプットとしての痛みがどうなったかが大事。

例え科学的には誤りでも、白衣を着た博識そうな先生が「痛みの原因は軟骨ですよ!」って断言してくれるだけで、患者さんは納得して安心感を得て、それが脳内の変化になり、痛みを減らす効果になることもあるわけですからね。

川尻:全然あると思います。

朱田:だから、患者さん視点に立つと、それでもいいのかと思ったりもします。

川尻:でも、逆に「結局、この痛みは軟骨が原因だから、リハビリを頑張ってもしょうがない。」ともなりますよね。

朱田:なります。

川尻:例えば、アスリートでも「オペをしないと絶対駄目だ」と本人が思い込んでたら、どれだけその手術がいらなくても、手術をした方が治るんですよね。やっぱり。結局、伝え方や受け取り手によって、良い方にも悪い方にも転ぶ可能性がある。

朱田:例えば、整体に行って、先生に「骨盤がゆがんでますよ。足の長さが違ったのが、ほら!一緒になりましたね」って言われるとするじゃないですか。解剖学的には、何の意味もないことだと思うんですけど。でも、患者さんはそれで、「おお、足の長さが揃って、調子がよくなった気がする!」ってなるわけですよ。

だから、整形外科的な痛みの治療というのは、結局、科学的に正しい、正しくないではないんじゃないかなと思ったりしています。

川尻:わかります。わかります。

朱田:だから、結局、(治療を)受け取る側が何を信じる人なのか。
ていうことになるのかなあ。

〜後編に続く〜

*この連載は、オンラインサロンMEG※(Medical Emergence Group)で配信されていた対談の一部を編集してお届けします。

朱田 尚徳 (所沢あかだ整形外科 院長)
富山医科薬科大学医学部医学科卒業。国内外の整形外科病院勤務ほか、Jリーグのチームドクターなどを歴任。2020年、埼玉県所沢市に「所沢あかだ整形外科」開院。理学療法士や鍼灸師とともに、チーム医療の推進を行っている。日本整形外科学会認定整形外科専門医、日本体育協会公認スポーツドクター、義肢装具等適合判定医。

川尻 隆 (SASS Centrum, Inc. 代表 アスレチックトレーナー 組織改革デザイナー) 
サンディエゴ州立大学を卒業。2007年よりアメリカカリフォルニア州サンディエゴにてIntegrated Holistic Medicine Clinic/パーソナルトレーニングジム“Body Craft”を経営。2017年に株式会社SASS Centrum,を設立し代表取締役に就任。新しい医学・医療の形を「動作学」を基礎に研究を続けている。