「宇宙律俳人とは旅に出ないことにした」#シロクマ文芸部
梅の花を探しに出た。妻と二人で。長い長い入院生活が終わって自宅に帰ってきた私は、弱った足腰を鍛えるために、妻を散歩に誘ったのだ。咲き始めた梅の花を探しに行こうと、連れ立って歩いた。
「あれが梅かな」
「それは桜ですよ」
「梅って黄色だったっけ」
「それはたんぽぽ」
「これこそ梅の花だろう」
「それは公園で遊び疲れてベンチでうとうとしている孫のウーネ゙ですよ」
私が入院している間にこの季節に咲く花の種類も、人々の顔も、すっかり変わってしまった。
「おばあちゃん、おはよ」と目をこすりながらウーネ゙が起き上がった。
「えーと、おじいちゃん?」私を呼ぶ際にはまだ語尾に疑問符がついている。
「この子はあなたや子どもたちに似ず、花に詳しいですよ。ウーネ゙、梅の花がどこに咲いてるか知ってる?」
「ここからだと、山を二つ越して、UFO墜落跡ヶ原(ゆーえふおーついらくあとがはら)の中央ワープゲートをくぐったところにある、田中くんの家にまず行くの。2階に居候している宇宙律俳人を道案内に雇って、2週間ほど放浪すれば、7分の3くらいの確率で梅の花に出会えるよ」
たかだか花一つに出会うためにも、それだけ苦労する時代になったのか。
「宇宙律俳人がいい句を詠めるように協力してあげるのが絶対条件ね」
「梅の花は諦めるよ」私はそう言って妻に振り返った。せっかく家に帰れたというのに、見知らぬ俳人と旅に出る気にはなれない。
「そうですよ。花なんてなんだっていいじゃないの」
桜の花びら1枚1枚には手足が生えている。ピンク色の行列が整然と川に向かって行進していく。高さ3メートルのたんぽぽの縄張り争いに巻き込まれないように、息を殺して歩く。ウーネ゙が私の知らない様々な植物の話をしてくれる。亡くなったヒトを球根化して埋めると、花のようなヒトが咲く。生前と同じ姿で同じ相手を待ち続ける。何年も。何世代も。
ウーネ゙は同世代の友達を見つけて駆けていってしまった。私は妻の手を取って家への道を引き返す。昔は肉厚だった妻の手も、枯れ木のように変わってしまった。そういう私も枯れ葉のようで、今すぐにでもくしゃくしゃと崩れてしまいそうだった。
少し出歩いただけで疲れてしまったので昼寝をすることにした。妻も横になった。小さな座布団でも収まるくらい、二人とも縮んでしまった。
「待たせたねえ」と私は妻の髪を撫でながら謝った。「おかえりなさい」
それから、二人で、長く、永く、眠り続けた。
(了)
入院生活10日目。退院日を夢見て書きました。
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シロクマ文芸部「梅の花」に参加しました。