「紙を切る」#秋ピリカ応募
書いても書いても書き終わらない小説を、いっそのことばっさり切り取ってもらおうと、理髪店へと赴いた。
「うちは髪の毛を切る店なんだけどね」馴染みの店長はそう言って嫌そうな顔をした。
唯一の常連客であることを強調し、酒とつまみを持参したこともあり、文章の削ぎ落としをやってもらえることになった。
私が持ち込んだ千二百枚の原稿用紙を、店長は躊躇なく切り刻み始めた。
「最終的に何枚にしたいの」
どんな髪型にする? という感じで店長は聞いてきた。
「三枚分です」
「応募規定を読んでから書き始めようね」
さすが髪を切るプロだけあって、原稿用紙もすごい速さでさっぱりしていく。私が苦心して書き連ねた、主人公の曾祖父の生い立ちも、世界を構成する十六の土の種類の意味も、振られるためだけに脇役の一人が書き続けるラブレターも、次々と床に落ちていった。それらの断片が目に入るたびに「確かにここは必要なかった。別の話にすれば良かった。そもそも三枚の応募規定なのに、どうして四百倍の量を書いていたのだろう」と我に返った。
今思えば昔から不必要なことを書く癖があった。遡れば小学生の頃、学校の遠足についての作文で、曾祖父と曾祖母の馴れ初めから書き出した覚えがある。そうあれは確か……。
「おい、これ切っていいの? なんだかすごく大事そうな場面が見えるんだけど」
店長の言葉で我に返った。私はすぐに我に返る癖がある。こんな癖はなくしていかなければいけない。十六種類の土の設定に代わるものが必要ではないか。登場人物を十六人増やそう。
「切っちゃったよ。親友が黒幕だったところだけど」
もう私は店長の言葉で我に返ることはせず、持参していた原稿用紙に新しく文字を書き始めた。
「原稿切ってる最中に何やってんの!」
親友の黒幕設定を一旦白紙に戻す。というより親友ではないことにする。主人公に親友なんていないことにする。私にもいない。彼に代わる人物が必要だ。親友は饒舌キャラだから話が長くなった。登場人物を全員無口にしよう。台詞を全部なくそう。争いのない平和な話にしよう。
私は持参してきた原稿用紙のマス目をどんどん埋めていった。一枚書き終えると店長に渡す。店長は原稿を切り刻む。床がどんどん切り刻まれた原稿で埋まっていく。二人の共同作業の結晶が積み重なっていく。
私以外誰も客が来なかったおかげで、千二百枚プラス二百枚の原稿用紙の束は、丸一日かけて見事三枚へと収まった。プロの手により、圧縮され切り刻まれ繋ぎ合わされた私の作品は、見事な傑作へと仕上がっていた。創作というものは一人でやるものだと思っていたが、誰かと一緒にすることで作品が進化することもあるのだと知った。どれほど店長に感謝してもしきれなかった。
「じゃあ最後にシャンプーしますね」
そう言って店長は、完成した原稿をシャワーで濡らし、ぐちゃぐちゃにかき混ぜてばらばらにして水に流した。
(了)
本文1199文字
「秋ピリカグランプリ2024」への応募作となります。お納めください。
原案