「うるう秒に生まれて」#シロクマ文芸部
※実際の「うるう秒」は閏月には設定されません。
閏年、閏月、閏秒に生まれた僕は、四年に一度しか歳を取れない身体である。通常の人と比べて四分の一のスピードでしか成長できない。保育園と幼稚園にそれぞれ人の四倍通ううちに二十四年が経過した。私を生んだ歳にそれぞれ三十六歳だった両親は六十歳になっていた。
小学一年生を四年間繰り返す。初恋の相手はどんどん大きくなっていく。入学当初の同級生は、僕が三回目の二年生生活を始める頃には中学生になっていた。
古い町だ。飛び級なんて認められなかったから、どれほど授業に飽き飽きしていても、同じ授業を受け続けた。
うるう秒の瞬間に産まれたからこんな身体になってしまった、ということは割とあっさり判明した。僕の生まれた年を最後に、うるう秒は廃止された。もう僕のような人間が生まれる心配はなかった。例外の一粒。人より四倍遅い歩みの人生。
四年先に産まれた姉の誕生日は一月だったので、普通の人と同じように歳を取った。僕が四歳の時に二十歳を迎え、僕の幼稚園卒園時に結婚をした。僕が二回目の一年生の時に産まれた姪は……。
もうよそう。他人と比べても計算がややこしくなるだけだ。要するに、後から生まれた人たちは、四倍のスピードで僕を追い抜いていった。
十八歳で僕が成人するまで、両親の命は保たなかった。姉にはひ孫が生まれていた。
成人を機に僕は故郷を離れた。誰も僕の素性を知らない街で過ごし、恋もした。短い出会いと別れを繰り返せば、成長の遅いことに気づかれることはなかった。
いや、もう成長とは呼べず、「老い」ってやつだった。僕が生まれた頃より科学も美容整形も発達して、見た目以上の年齢の持ち主なんていくらでもいた。
「私本当は八十歳なんよ」と言う人がいた。二十歳そこそこにしか見えない人だった。
「小学校の頃の同級生に、四年に一度しか歳を取れない体質の子がいてね。小さい頃はかわいそうって思ったけど、今思うとうらやましい話だね」
僕は気がつくと彼女の頭をぐちゃぐちゃに砕いて逃げ出していた。
なんてことはしなかったが、一瞬頭に血が昇ったのは事実だった。
「その人はどうなったの?」
「人なのかねえ。人だったのかねえ。今生きてたらあんたくらいかもね。もしかしたあんたなのかい?」
そんなわけないだろ、と言いながら彼女を抱いた。彼女は寝言で私の本名を呟いていた。
普通の人の四分の一のスピードでしか生を進められない僕にとって、世界は速すぎた。街も人も移り変わり、合法が違法になり違法が合法になったりもした。地軸を調整して意図的に「うるう秒」を発生させ、その瞬間に子どもを出産する「寿命四倍計画」が実施されるという。
四十歳になっていた。僕のような人生を誰にも送らせたくなくて、テロリストか傍観者かの選択を迫られた。寝言で僕の名前を呟いた人に会いたくなるが、もうとっくにこの世にはいない。僕は銃を手に取ることなく、まだ行ったことのない土地を目指した。別れ続けた無数の人々の顔を忘れようとした。
だけどそれは叶わないことだった。
すれ違う人の誰もが、かつて見知った誰彼の面影を宿していて。
(了)
シロクマ文芸部「閏年」に参加しました。
入院生活19日目。電話で話す子どもの声が大人びていく。世間では病院の四倍の速度で時間が流れているようで。