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俳句物語0051~0060 寒潮だネギが落ちる落ちる落ちる
寒さが本格的になってきた。季節ごとの行事や記念日などに疎いというか、昔からあまり興味を持たずに生きてきたので、その対極にある季語というものに日々刺激を受けている。
お気に入りはネギの句。「寒潮」という季語でどう詠もうか考えていた時に、エコバッグからネギが落ちかけた。ただそのことを詠んでいる。
0051
寒暮読む全て未完の物語
昼間がそれほど寒くなかったからと油断した格好でいたら、冬の夕方の寒さに身を切られる。人恋しさからか、すれ違う人らがかつての顔見知りのように見えてくる。話しかけるわけにもいかず、遠目で人を読む。生きているから全て未完の物語として。
0052
廃墟ごと燃やして作る玉子酒
日本酒と卵が電源の切れた冷蔵庫に残っていたので、玉子酒を作ることにした。腹下しを心配し、廃墟を幸いとして家ごと燃やして温めることにした。なかなか燃え出さない旧実家には、グラス一つ残っていなかった。卵と酒とは繋がらず、燃えるに任せた。
0053
寒潮だネギが落ちる落ちる落ちる
買い物帰りにいつもと違う道を通り、海を横目で見ながら自転車を走らせる。寒潮というのか、寒々しい潮が見える。自転車の籠に入れていたエコバッグが斜めになり、刺していたネギが落ちかける。戻そうとするが落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる。
0054
一行ごと燃やして炉話終わらせず
作家が死んだ。供養に著作を全て燃やせと言う。断ると死靈となりまとわりついて、しつこく燃やせ燃やせと言う。あなたの本が好きだから嫌だと断るが、自ら火に入れだした。私は奪い取り、せめて、と一行ごと破って燃やした。その間長い話も出来た。
0055
すり抜けるまた極月が騒がしく
昨年、一昨年と静かだった十二月がまた騒がしくなった。これまでのどの年よりも街が派手になり、叫んでいる。今年はクリスマスを理解している息子が毎日「サンタさん来た?」と聞いてくる。昨年は来なかった彼は、今年はそこら中に潜んでいる。
0056
年の市ただ一本の千年樹
今年の年の市の売り物は神木である千年樹の木片だ。寿命を迎えた千年樹の切れ端でご利益に与ろうという者らが押し寄せて神社が膨れ上がる。枝一本で一年は怪我病気戦争なく過ごせる代物だが、その一本の為に争いも起こるため、時には売りに出すのだ。
0057
初氷踏むように読む知己の本
創作仲間が出した本を読む。初氷を踏むように恐る恐る。仲間意識フィルターがかかって、おかしな読み方をしてしまわないか気にかけながら。いつの間にか普段の読書と同じように読み、時折声に出して笑って娘に不審に思われた。「ある魔女が死ぬまで」
0058
畳替何が出ようと触れはせず
畳の下に隠されていた穴にある物で多いのは、成人雑誌、犯罪の証拠、死体、生きている何か、ですが、私らは何を見ても黙って張り替えるだけなので。関わっては切りが無いし、依頼主は知らないことも多いので。では閉じますね。ごめんね。さよなら。
0059
冬帽子探せど探せどプラレール
寒さが本格的になってきたので、子どもたちの冬用の帽子を探す。昨年息子が熱中したプラレール関係の物ばかりが出てくる。プラレールズボン、ジャンパー、テーブル、冷蔵庫、宇宙船、星。仕方がないからプラレールに乗って家族で買い出しに出た。
0060
日短しハローワークに怒鳴り声
日が短い。朝からもう暮れるのじゃないかという気配がする。失業認定日でハローワークに行くと、間隔を空けながらも大量の人がいる。初老の男性が職員に何やら怒鳴っている。空いたベンチに座り込んだ私は電子書籍でファンタジー小説を読み始めた。
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